これは何
アフロビートを全く知らない人向けの入門編ディスクガイドならびに私のリスニング記録。
経緯としては、「世の人間はアフロビーツとアフロビートの区別すらついていない」という話題が4/17から数日間Twitterの一部で盛り上がっていた。そこで「正直アフロビートのこと一ミリも分かってないし、アフロビートしか分からない知識の人を笑う資格なんかないよな……」と思って聴き始めたら思いのほか面白くてハマってしまったので、同じようにアフロビートの知識がない人向けにどこからアフロビートを掘って行けばいいかを記録に残す。
あらかじめ書いておくと全部聴く必要はない。この記事はあくまで入門用、もっと言えば「とりあえずアフロビートを聴いた状態になりたい」人が、一歩目で外れを引かないための記事である。なので詳しい評もここには書かない。その程度の温度感と思って読んでほしい。
注意事項
私はアフロビートについては全くの門外漢であり正直言って何も分からない。興味があって適当にさらったのを記録に残すくらいの気持ちで書かれた記事なので、網羅性とピックの精度については期待しないでほしい。誤っている記載があったら何らかの方法で連絡してください。
一歩目
アフロビートで最初に触れる一枚は間違いなくこれでいい。
"ワールドミュージック"のコンピレーションなら他に並ぶもののない安心と信頼のレーベルStrutが出した、アフロビートのコンピレーション。私も最初に聴いたが最高だった。これを聴けばアフロビートの特徴はある程度理解できる。
面白いのはクラーベ(ラテン音楽の根幹を成す幾種類かの特徴的なリズムパターン)が様々な楽曲において散見されることである。アフロビートはそのルーツにガーナのハイライフという音楽を持つ。このハイライフの成立の過程でラテン音楽のリズムが取り込まれ、そのままアフロビートに継承されたという流れらしい。
ソン・クラーベが入っていてキューバ音楽の影響が分かりやすいのはこれ。そもそもアーティスト名に"Cubano"と入っている。これもStrutからのリリース。
特に聴く必要はないが参考までにハイライフの作品を2つほど置いておく。
「ハイライフの王様」と呼ばれる、ハイライフの成立の過程で名声を博したE.T. Mensahのコンピレーション。この人がハイライフにラテン音楽・カリプソ・スウィングを持ち込んだらしい。ウッドブロックでソン・クラーベが刻まれている。
ガーナ人のハイライフの大御所Gyedu-Blay Ambolleyが、ハイライフとジャズの融合を試みた作品。1曲目から早速クラーベが聞こえるし、A Love Supremeのカバーもしっかりクラーベのリズムに翻訳されている。
クラーベについては以下の動画に詳しい。
話が逸れたが、"Nigeria 70"を聴き終わったら次はどうするか。このコンピレーションはシリーズもので第4編まである。これを聴けばいい。面倒になったら聴かなくてもいい。
今っぽいやつ
2018年以降のアフロビート。他ジャンルとの融合とビートの西洋化が進んでいて比較的聴きやすい。別にここで紹介しなくてもどこかで触れている気はするが……。
Underground System - What Are You
ちょっとニューウェーブ寄りのUnderground System。2018年時点における、ジャズが勢いを増す直前のアフロビートのスタイルがよく分かる。
Black Market Brass - Hox
これはいかにも黒人的要素を押し出したブラス要素の強いBlack Market Brass。UKジャズよりもう一段アフロ要素が強い。
Muito Kaballa - Mamari
Muito Kaballaはジャズの要素が強い洗練されたアフロビートで、ほとんどUKジャズみたいな雰囲気があるが、リリース元がベルギーのレーベルだったためかUKジャズシーンとは紐づけて語られているところは見なかった(UKジャズは南アでアフロビートはナイジェリア=西アフリカなので当時のUKの関心とは離れていたかも)。ドイツのバンドで、ラテン/キューバ音楽の要素が強いのがポイント。いっときYouTubeのサジェストで頻繁に出てきたのでジャケを目にしたことがある人はそれなりにいるだろう。
Ezra Collective - Where I'm Meant To Be
Ezra Collectiveはマーキュリー賞を受賞したし、あちこちで2022年の年間ベストに上がっていたので聴いている人は多そう。ここまで行くとアフロビート以外の音楽的要素も多くて"アフロビート入門"にはならないかもしれない。
Fela Kutiのカバーもある。
Fela Kuti
この記事の一番の目的は自分が聴いたFela Kuti作品のメモを残しておくことなのだが、悲しいことにFela Kuti作品はアルバム中に1個くらいは調子の低い曲があって、アルバム全体通して名盤!と言い切れるものはそれほど多くない。とは言っても平気で10分を超え、ものによっては30分にも届こうという長大な尺の中で、伝説的なドラマーTony Allenがストイックに刻む変幻自在のビートと、低域が強くどこか毒々しいブラスの執拗な反復が生み出すトランス感は他では得難いものがある。
Expensive Shit(1975)
アフリカっぽい要素はありつつも全体的にJames Brownのファンクとジャズからの影響が強く感じられる。逆に言えば、アフロビートのえぐみのようなものは薄めで、ソウルジャズのような聴き心地もあるという点では入門にちょうどいい作品かもしれない。二曲目"Water No Get Enemy"はFela Kutiの代表作"Zombie"の10倍以上再生されていて、気になって調べたらPete Rock & INI "Grown Men Sport"とCommon "Pops Rap III…All My Children"のサンプルソースらしい。言われてみれば確かに。
これが気に入ったら以下の二枚も楽しめる。
Why Black Man Dey Suffer (1971)
ジャズファンクっぽい。普通に聴いていて心地いい。ドラマーはCreamのGinger Baker。
Fela With Ginger Baker Live!(1971)
同じくGinger Baker参加のライブ盤。やはりジャズファンクっぽいが内容はかなり良い。スタジオ盤より録音が良いためか、Tony Allenのドラムのじっくりと盛り上げていくようなグルーヴも感じ取りやすい。
Zombie(1976)
Fela Kutiの代名詞の一枚。強烈なテンションで14分を引っ張る表題曲はめちゃめちゃにかっこいいし25分くらいあっても良かったが、次の2曲に関してはそこまで面白くないというのが正直なところ。ライブ録音の4曲目はTony Allenのタイム感が独特なタム回しとブラスの野太さが最高。
Opposite People(1977)
何と言っても1曲目が最高。4つ打ちの勇ましいドラミングが印象的だが、オルガンの流麗なプレイとギターのカッティングとのアンサンブルは8分で乗ることを促してくるため、実際に踊ろうと思うとかなり早く感じられる。17分もこの速度このグルーヴで踊らせてくれるというのは本当にありがたい。ダンストラックとしてはこれが一番気に入った。2曲目は抑制が効いているがドラムを中心としたリズム隊のストイックなアンサンブルには強い緊迫感が漲り、卓越したビッグバンドが生み出すグルーヴの厚みをじっくりと味わうことができる。
Underground System(1992)
200BPMを超えている猛烈なグルーヴに圧倒されているうちに30分近い時間があっという間に過ぎ去るジャジーな表題曲がかっこよすぎる。同じくジャジーでどこかドラムンベースのような2曲目も悪くない。3曲目は揺らめくようなギターの使い方が面白いが、3拍子のミドルテンポで30分はちょっと長すぎると思った。
周辺
Fela Kuti周りのアーティストたちの作品をいくつか。
Seun Kuti & Egypt 80 - Seun Kuti & Egypt 80 Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions
Fela Kutiの末っ子Seun Kutiが、Fela KutiがAfrica 70の後に結成したバンドEgypt 80を率いて一発撮りでレコーディングした作品。Felaの作品に比べるとシンコペーションの要素が強いのもあってディスコ的に楽しく聴ける。
Tony Allen & Africa 70 - No Accomodation For Lagos, No Discrimination
Tony Allenがソロアーティストとして独立後にFela KutiのAfrika 70とレコーディングしたアルバム"No Accomodation For Lagos"と、Afrika 70脱退後に結成したTony Allen And The Afro Messengersによるアルバム"No Discrimination"がなぜか抱き合わせられた作品。頭二曲が前者で残りが後者。Fela Kutiがいない分だけバンドアンサンブルにフォーカスして聴くことができる。前二曲の古典的スタイルのアフロビートの方が好きだが、現在のアフロビートの受容としては、後者のようにシンコペーションがあってリズムにメリハリがついているファンク寄りのスタイルが支持を得ている印象を受ける。自分がどういったスタイルのアフロビートが好きかを確かめるのにちょうどいい作品。
ディスクガイド
もっと聴きたいという人向けに適当にインターネット上のディスクガイドを集めた。
面白かった記事
これを書くのに参考にしたわけではないがアフロビートの勉強になった記事。
参考文献
そんなに調べて書いた記事でもないが念のため。