雑記

__blurry_のおぼえがき

10/14

できたこと

  • 早起き
  • ラジオ体操
  • ランニング
  • 美容室に行く

雑感

髪を切った

 美容室にいった。このところ髪を洗うのがしんどく、たぶんこれは伸びているのだろうなとろくに鏡も見ずに出かけたのだが、考えてみれば全然切り時ではなかった気がする。美容師さんに訊いたら前に行ってから三週間くらいしか経っていないらしかった。しかしそれくらいで通ったところでバチは当たらないだろう。『人間発電所』曰くDEV LARGEは毎日BUDDHAカットに整えているというし。

対価とペイ

 昨日は家に帰ったのが八時を過ぎていたのでランニングを諦めたのだが、commmon roomの記事があまりに良く、日記を書くのを諦められなかった。九時前から書き始め、書き終わって投稿した時には十一時過ぎ。そこからTwitterで音楽ブログの話で盛り上がってしまい、気がついた頃には十一時半を回っていて、お風呂に入って床に就いた頃には零時半だった。そして今日の起床も五時半。最悪の寝覚めだったが、ちょっと朝寝をしたらそれなりに回復した。朝寝の力は偉大。

 その一挙手一投足が自分を形作っているという立場に立つならば、私はランニングを捨ててでも、睡眠を多少削ってでも日記を書くことを優先したということになる。翌日の朝の体調の悪さはその代償であるが、その日に書きたいものを書き切ってしまうことの気持ちよさを考えれば十分にペイしていると言えるだろう。日記を書くのは楽しい。朝起きてからの15分間を日記を読む時間に当てているくらいには。

気づき

 仕事というかちょっとした課題がアサインされ、締め切りもないのでだらだら取り組んでいたのだが、週末が近づいても終わっていないどころか全然進んでいないのはどうなんだ……と焦りが出てきて、そのとき初めて「残業」というものが発生する原理への電撃的な理解が生じた。ついに残業を始めてしまうかもしれない。明日は友達と会うので絶対に定時退社するし、結局やるとしても来週からなのだけれど。

良いツイート

 資本主義の末路。

聴いたもの

Nervous Records - 30 Years

 ハウス名門Nervous Recordsの30周年コンピレーション。名前に見覚えがあったり、フレーズに聞き覚えはあるのだが、どうもリミックス版のような……と何曲か調べてみたところ、どうやらどれも初リリース曲らしい。このメンツに何十曲もリミックスを依頼したんだろうか。だとしたら物凄いコンピレーションだと思う。

 何せ29曲もあるので覚えていられないが、ファンキーなフロアバンガーばかりだろうと予想していたらRadio SlaveやJoey Beltramのダークなテクノがあったり、Todd Edwardsの特徴的なUKGがあったり、レーベルの人脈の広さが分かるという点でも面白いコンピレーションだった。Nervous Recordsしか勝たん。

読んだもの

ototoy.jp

安達としまむら』6巻に手をつけた。しまむらが老犬の衰弱を目にして時の移ろいを明確に意識するのが好き。「日常」を形作る背景の1ピースだったものが急激に前景化してくる瞬間には味わいがある。

10/13

できたこと

  • 早起き
  • ラジオ体操

雑感

commmon room

 もうずっとハマっている。先に私の中にあるもやもやを、自分よりもっと頭の良い人がスッと言語化してくれること、そしてその人たちの信念が明確であることがありがたい。自我のない私にあちらの考えが注ぎ込まれているのではない……と言いたいところだが、これもけっきょくカルトにハマる人と何ら変わりない思考回路かもしれない。自分が好きな人たちが好ましいバランス感覚を持っていて良かった。

 更新が二つあったのでそれぞれについての感想。引用が長大になるので先に向こうを読むのがよい。

「今持っているものは全て自分が獲得したものだっていう、そういう捉え返しをしようと思ってるねん」

room.commmon.jp

一ヶ月も有給をとったのに、ベッドでTikTok見て終わった…

 書き出しからすごい。

中垣:これまで仕事を…まあ辞めたいと言ったことはないけど、とはいえ云々言ってきたわりに、それがなくなった瞬間おれはこんなにも何もしなくなるんだって。「やりたくないけどやってるんです、あーだりー」って言いながら、そういう外部の駆動装置から切り離された途端にモチベーションがエンストするのを知って、これはあまりにも脆いなって。

 ここに物凄く共感した。私も大学生時代は有り余る時間にかまけていて、毎日夜更かしして日中はずっとぼんやりしていたし、フィクションだって全然読んでいなかったように思う。本当に自分の生活を自分で営むのだと決意したのは労働に加わるようになってからで、それは結局このように"外部の駆動装置"がなければ満足にモチベーションを保てないということであろう。

 それはそれとして以下が本題。

中垣:まさに今の自分の振る舞いによって自分自身が形作られているし、一挙手一投足がそのまま意味を作り上げているんだっていう。
河東:真理やね、あれはまじで。
中垣:そう、だからそれに対して無責任であることはあり得ないというかさ。
河東:そうやんな。
中垣:なんかね、矛盾するふたつがありながら程度問題でおれはこっちを取るんだみたいなのって…形而上の話としてならあり得るんだけど、でもあり得ないわけ。10:0なわけ。選んだならそれやねん。
松田:うんうん。
中垣:前に松田が言っていた例やけど、ユーチューブのクソみたいな広告は良しとはしないんだけど、でもユーチューブを見るんであれば、それはその広告も含めてユーチューブを好きってことやねん。
河東:うん。
中垣:戦地に赴いたのなら、それは国への愛を取ったってことやねん。その過程で母親への愛と国への愛との葛藤があったことはどうでもいいねん。国への愛が10やねん。
松田:うんうん。
中垣:あり得たもう一方なんてないねん。
松田:実際の行動とか結果と、それらを導いた判断の過程っていうのは切り離しては語れないわけで、6:4でどちらかを選んだとしても、それは選んだ限りにおいて10:0やねん。
中垣:表現がむずいよね。確かにそういう葛藤があったことは想像できるんだけども…
松田:し、別にこれは、理性的な判断の可能性を否定するものでは決してないわけ。
中垣:うんうん。
松田:なんだけど、一度選んだ以上それが全てなわけ。
中垣:うんうん。ここで言う結果が全てって、別に努力の過程が大事なんじゃないかとか、そういう話では決してないやん。ただ、意味を生み出していく過程においては結果に落ちていかないものに価値は無いねん。ポジションを取らないとそこには何も生まれないねん。あり得た自分の残骸には意味がないねん。
河東:うんうん。
松田:引き受けなければいけないのは選んだものであって、選び得た可能性ではないのよね。

 私が「排他的な選択」と呼ぶものはまさにこれである。何かの選択は一度下されればもはや10:0でしかない。

 5:5で中間を取りたいという考えもあるかもしれない。しかし、選択すること、その10をもってポジションに立ち、10をもって選んだものを引き受け、あり得た可能性はもはや顧みない、そこにしか価値は生まれないし、そうであるからこそ価値は十全に輝くものであろうと思う。フィクションの人間同士の関係性における選択であったり、人生であったり、いろいろであったりするが、とにかく引き受けた以上は10:0であるという覚悟は、これからの多くの場面でキーワードになっていくなと思った。

Apple Musicをカセットに巻き直そう

room.commmon.jp

 「iPhoneで保存した画像は検索性が低い。逆に紙に刷ってしまうことで簡単に見つけられるようになった」というところから始まる。

中垣:アップルミュージックだって、3年前にライブラリに追加したアルバムなんて見つけられへんねん。でも棚にCDをバーって置いてたら、アルバムの色とか棚の中での位置とかの情報が多いから、結局そっちの方が分かりやすかったりするねん。
松田:はいはい。
中垣:そういうフィジカルの強さってあるなと思って。それで前も言ったけど、今まで保存してきたのを印刷してみようと思って、そのためにプリンターを買って、L2版か何かで全部印刷したのね。

中略

中垣:そういうのもあって、ウェブで保存した画像に質量を持たせてみるっていうのはおもしろいんじゃないかと思って。
松田:何かしらね、質量を持たせることで立ち上がってくるものがあるんじゃないかと。
中垣:そうやね。だから…最初に言ったように、参照性を高めるためにフィジカルにすることに既に意味があるし、それに加えて、質量を持つべき情報っていうのがあるんじゃないかって。

中略2

松田:なんか他にないんかな、サーバーに保存されてるねんけど、フィジカルに手元に落とした方がいいデータ。
中垣:アップルミュージックを出力しながらカセットに巻き直すとか。
松田:うわ…それやばいな。
中垣:おれ車で音楽かけようと思ってアップルミュージック開くのがめっちゃ嫌いやねん。それよりもカセットがあって、適当に選んでそれを入れるって方が絶対にいいねん。
松田:うん、それは間違いないな。でも何が違うんやろう。
中垣:必然性というか…位置を占める感じがあるやん。one of them じゃなくて one of one になる感じがあるよね。
松田:カセットテープのスロットを占領するもんね。それを入れ替えようと思ったら、やっぱりちょっと大仰な感じになるもん。不可逆な感じあるよ。

 めちゃめちゃに分かる。私は月に30枚くらいアルバムを買っているが、3か月前に買った作品を遡るのすら手間取っている。その点CDはふっと振り返れば十何年分の蓄積がある程度見渡せ、なんとなくの記憶でも聴きたいアルバムを取り出すことができる。

 それに、カーステレオでCDを入れ替えるのは本当に楽しい。そのためにラックから数枚をピックする作業はわくわくするし、車の収納スペースにため込んである中からぴっと抜き出すのも楽しい。insertするという選択と排他の儀式を経ることによって、その後のリスニング体験にThe Oneの重みが出るというのは体感として強くある。データ管理アプリではダブルクリックで選べてしまう分だけいつまでも迷うし、なんとなく味気ない感じもする。

 これではまるで昨日の日記と矛盾するようだが、私の中では全く矛盾していないし、矛盾であるとも思っていない。日記に書かないことはある。書くべきだったが忘れていたり抜けていたことがたくさんある。

VR・ARと未来

 VRとARを体験する機会があったので友達と一緒に行ったのだが、エクスペリエンスがあまりに圧倒的で立ち直れずにいる。

 体験自体は大したことがない、試作品のソフトでちょっと遊ぶくらいで、やったことといえばただ前に歩いたり身を屈めたり、目の前にある仮想オブジェクトに触ってリアクションを引き出したりしただけなのだが、「形としてそこにないもの」がリアクティブな具体として現実に重ね書きされているということ、視野を現実でないものに置き換えることが可能ということを感覚として知ったのはこれが初めてで、今私は本当に未来に生きているのだ……という強い実感に打ちのめされてしまった。

 この世界をもっと早くに知っていれば、自分の選択肢は、人生は違うものになっていただろう……とまでは思っていない。しかし、自分のフィジカルな感覚としてそれらを知らなかった今までと、知ってしまった今では、もはや別の世界に生きているような感じがある。そういうものはもはや想像力の産物ではなく、ゴーグルをつけている姿が面白いと揶揄している場合でもなく、今まさにこの現実において、これらの技術は花開きつつある。世界は私の五感とインターネットで捉えられるよりもずっと広く、人生には積極的に未来を志向することでしか拡張できない領域がある。今さらながらにそんなことに気がついた。文字に起こせば平凡だが、そうとしか言えない真理もある。社会人から学生へのアドバイスが「やりたいことを見つけるために、たくさんのことに挑戦する、コミュニティに所属する、コネクションを作る」にしかならないように。

推しと成し

 黒田夏子先生が紫式部賞を受賞した。本当におめでたい。きっとそういうことに価値を見出す人ではないだろうが、しかし本人が「古い時代の先達の名前を冠した賞で、大きな文学史の流れの中に呼び込んでいただけたような気分」というコメントを出している通り、ただ異端の作家で終わるのでなく、その情緒が理解され、改めて文学史に名を残す人物となったことが嬉しい。

良いツイート

 どういう意味だろうと思って開いたらその通りだったのでめちゃくちゃに笑ってしまった。

聴いたもの

Chris Dave - UNEVEN

 Chris Daveの新作。Derrick HodgeやIsaiah Sharkeyなど、ネオソウル時代のミュージシャンを起用しつつ、Chris Daveなりのグルーヴミュージックを追求しているという印象。シンプルにこの人のドラムは音が良い。Nate Smithほどミニマルにもならず、90'sヒップホップとRobert Glasper周りのスタイルとしての音色の膨らみがある。

Kalabrese - Let Love Rumpel - Part 1

 今日のベスト。Kalabraseという人物は知らなかったのだが、エクスペリメンタルを経由したハウスミュージックの作家として有名らしい。Pepe Bradockを引き合いに出されるのも分かるが、もっと生々しく、Ricardo Villalobosを肉感的なファンクに寄せたような、エレクトロニクス導入以後のファンクの一完成形。傑作。来春にパート2が出るということなのでそれも楽しみ。

Black Country, New Road - Ants From Up There

 前のアルバムが傑作だったUKポストパンクバンドの最新作。聴いた感じでは南ヨーロッパ的なユーモアを盛り込んだプログレという感じで、これを先行シングルとした理由がいまいち分からないのだが、「何が出てくるか分からない」というワクワク感は確かに「今のポストパンク」に求めるものと合致している。リリースが楽しみ。

余談:ホロライブENの七詩ムメイさんの歌がすごい。

 「歌うま」という言葉があるが、この人は歌が上手いというより、その歌唱によって表現されるものが凄まじく具体的であり、小手先の技術ではどうにもならない領域に達しているように思う。声質と技術が十全に掌握された上で、それらを適切に指向して運用することができるというのは並みのことではない。

 以下はIDのHoshinova Moonaさんの歌。オルタナを歌うVは少ないので嬉しい。

読んだもの

room.commmon.jp

どう思うかじゃなく何を言い得るかドリブンで口開くやつ、嫌いです

 ここしばらくで一番のパンチライン

imdkm.com

www.fnn.jp

www.netlorechase.net

10/12


できたこと

  • 早起き
  • ラジオ体操
  • ランニング
  • CDを返却する

雑感

所有

 レンタル店にCDを返しに行ったついでに中古CDを眺めてきたのだが、相対性理論の『シンクロニシティーン』が150円で売っていた。二日前にそこのレジで300円出して借りたアルバムが中古で150円?
 他にも、宇多田ヒカルDEEP RIVER』が300円、『Distance』は150円。ミスチルの『深海』も300円。星野源『Pop Virus』が880円。星野源ですら四桁を切っている。『不思議/創造』が500円で売られていたのはさすがにびっくりした。出て数か月も経っていないのに?
 そのくせプリンセス・プリンセスのベスト盤は3000円近い値がついていて、中島みゆきの何かのアルバムも『Pop Virus』と同じ880円。古いアルバムの方が高いのかと思えば電気グルーヴ『A』が150円。中古の値のつけ方はよくわからない。

 何にせよほとんどのアルバムの値はかなり低く、もう所有の時代ではないのだな……ということを強く感じる。私も音楽を買うのは基本Bandcampだし、音楽を再生するにもPCの出力をプレーヤーに繋いでいる。カーステレオを使うときにはCDの出番であるが、それは私の家族の誰一人としてサブスクを登録していないからであって、大多数の人間はおそらくSpotifyApple Musicに登録して、Bluetoothで車にスマホを接続して音楽をかけているだろう。私もそっちの方が手っ取り早いしライブラリとしても充実していると思う。そういう時代において、フィジカルを所有することはむしろスペースを食う分だけマイナスに働く。取り込む間だけ手元にあればいいのだから、むしろレンタルを利用する方が得策とさえ言えるだろう。そういう意味では納得のできる値段だなと思った。

wezz-y.com

 それはそれとしてレンタル業もCD販売店も下火らしい。それはそうだろうなと思った。CD店に行くインセンティブが一切ない。正月に初詣に行くついでに初売り気分でちょこっと寄りはするものの。

楽しみなアナウンス

良いツイート

今日の図

ぺちゃんこのマリモ

聴いたもの

相対性理論 - TOWN AGE

 「シンクロニシティーン」の次にリリースされたアルバム。明らかにエレクトロニクスの導入と「やくしまるえつこ性」が強烈に前に出てきていて、「相対性理論」というバンドのカラーでは捉えきれない何かへの変化を感じる。

 「シンクロニシティーン」のメンバーが抜けたことの影響が大きいのだという。詳しくは知らないが、私の聴いた限りでは明らかに既存の音楽ジャンルの語法を躊躇いなく取り入れ、ポップミュージックとしての洗練を目指したように感じる。ミックスを聴いてもリズム隊の比重が大きくなり、その分聴き心地がどっしりしたようで、ここには「チャイナアドバイス」のインディー的な粗削り感や浮遊感は一切ない。それを嫌う人がいるというのも分からないではないが、やくしまるえつこのボーカリゼーションの成熟はそれを補って余りある。バンドの変遷を楽しめるというのは悪くないなと思った。

 どの曲もクオリティが高いのでまだ一曲選ぶのは難しいのだが、面白いと思ったのは「ほうき星」。「止まらない」を反復するパートは明らかに音程がずれているのだが、繰り返しにおいてそのずれた音程を正確に出し続けるという不思議なことをしている。その音程のずれからくる不協和音が結果的に耳に残る。

相対性理論 - 天声ジングル

 今のところ相対性理論の最新アルバム。バンド音楽的要素とエレクトロニクスの導入がかなり対等に近づいている。これもかなり良いアルバムで、どの曲にも魅力的なフックがあり、逆に突き抜けた曲がない分ちょっと地味にも感じる。

 「わたしがわたし」なんかはシティポップへの返答のようにも聞こえる。個人的に一番エレクトロニックで面白いと思ったのは「弁天様はスピリチュア」。こうなるとバンドという形態から出てくる音楽とは言えないわけだが、Radioheadという前例があるのでいまさらどうこう言うことでもない。

 それから「FLASHBACK」。ライブ盤の感想で書いたので繰り返しになるが、相対性理論の中では珍しくやくしまるえつこがアンニュイに振り切れていて、しかもラップ的な音数の多い歌唱を披露している。90年代オルタナ育ちの宿命として、楽曲は暗ければ暗いほど良いと信じている部分がまだ生きており、その部分が大喜びしている。伊達に推しのシンガーがみんな自殺と薬物で死んでいない。

読んだもの

suimoku1979.com

www.cdjournal.com

 これを並べて読むと、相対性理論が時の経過につれてグルーヴを志向し始めたのも納得できる。

10/11

できたこと

  • 早起き
  • ランニング
  • ラジオ体操

雑感

レンタル

 昨日ふと相対性理論が聴きたくなった。しかし音源を買うにはハイレゾで一枚三千円は億劫(邦ロックの価格帯には付き合ってられない)、かといってサブスクを使うのも気が進まず、結果レンタルCDショップに行った。サブスクの浸透でレンタル業はすっかり斜陽らしいが、一覧性のあるフィジカルの並びから聴きたいものだけをピックできるという環境はとてもありがたい。ずっと無くならないでほしい。
 借りたのは相対性理論が六枚とエレファントカシマシが一枚。これだけ借りても二千円に届かない。げにレンタルはありがたい。

 ふとしたことからテレワーク中に接続先PCのネットワーク接続を切ってしまい、テレワークができなくなった。何をやっているんだ?そういうわけで今日の午後はやることがなく、ちょっとしたタスクを消化したあとはずっとぼんやりしていた。これはオブラートに包んだ表現で、YouTubeを見ていた。ここまでやることがないのなら出社しても良かったような気がする。

良いツイート

聴いたもの

相対性理論 - シンクロニシティーン

 相対性理論の代表作(らしい)。私としては「チャイナアドバイス」を聴きたくて手に取ったのだが、結果的には大正解だった。
 ローファイな録音と切れ味のいいバンドサウンドに、やくしまるえつこの光の粒子でできているような歌が乗る。さすがに今聴いて楽曲に新規性を見出せるということはないが、逆に言えば相対性理論の話法がそれだけ浸透しているということのような気もする。リバーブが強くメロディアスなギターであったり、やくしまるえつこの歌声であったり。葉加瀬冬雪さんの歌声を聴いたときに、なんとなく「こういう歌い方の類型はあるな」と思ったのだが、それもやくしまるえつこが広く影響を与えたことの結果のような気がする。
 好きな曲は「シンデレラ」「ミス・パラレルワールド」「チャイナアドバイス」「マイハートハードピンチ」。「マイハートハードピンチ」はアルバム中でも特に演奏がタイトというか、相対性理論の世界観からすれば意外なくらいファンクに寄っていて良かった。昨日今日で相対性理論は六枚聴いたし、その中の一枚を二周したくらいで11曲も覚えられないので、これから増えたり減ったりすると思う。

 以下は好きなチャイナアドバイスのカバー。私が初めて聞いたのは笹木さんのバージョンだった。をとはさんのカバーは本当にかわいい。コメント欄も微笑ましい。

相対性理論 - 調べる相対性理論

 相対性理論のライブアルバム。「シフォン主義」「シンクロニシティーン」の二枚と比べると明らかに演奏もアレンジも成熟していて、ある種の衝動性は失われているのだが、エレクトロニクスやヒップホップのリズムの導入と、何より歌い方が完成されたことにより、「やくしまるえつこ」という一つの世界観の表現はこちらの方がずっと上だと感じた。良かったのはダブステップのリズムを導入した「弁天様はスピリチュア」と、「天地創造SOS」、「わたしは人類」、「FLASHBACK」。特に「わたしは人類」の間奏から一気にスケールが拡大して北欧エレクトロニカやポストクラシカル・映画劇伴の世界観に飛び込んでいくところは圧倒的。「シフォン主義」からの飛躍がすごい。その後の「FLASHBACK」はヒップホップのグルーヴの上でやくしまるえつこがアンニュイに歌っており、やくしまるえつこがアンニュイに歌っているので満点をあげたくなる。普通に曲もいい。

 以下一言。

 EMAさんの新カバー。r-906ということでクラブミュージックを歌に落とし込むのが上手く、イントロにドロップがあるという異常な構成も面白い。深いブレスをパーカッションに使い韻を執拗に重ねる中間部が好き。
 余談だが単なる反復と"執拗な反復"は違う気がする。何がどう違うかは説明できないけれど。

読んだもの

tennenseikatsu.jp

10/10

できたこと

  • ランニング(雨の気配により短時間)

雑感

怠惰

 午前三時まで夜更かししてルートビア片手にトルティーヤチップスを食べてから床に就き、起きたのは12時半だった。お手本のような怠惰。

 コストコに買い物に行った。父親がハイローラー(トルティーヤ記事でBLTとチーズを包んだ食べ物)とバナナを買い、私はインスタント豚汁とルートビアを買った。ハバネロソースが切れかかっていたのでそれもスーパーに寄って補充した。

mariesharps.co.jp

 睡眠がガタガタなので当然眠く、17時には完全に眠気でダウンしていたのだが、このままいったらお風呂に入るのがずるずる後ろに伸びそうだな……と思いランニングに出た。雨の気配があったので早い段階で折り返したのだが、季節柄長袖にウインドブレーカーを重ねており、湿度が高く、気温も20度以上あって、帰ってきた時には普段より汗だくになっていた。「風呂に入るため汗をかく」という行動を取れるなら、はじめから風呂に入ることもできるはずなのだが、なぜかそういう風にはいかない。私の風呂嫌いは運動嫌いよりも強い。

良いツイート

 アパレルで過去の偉人コラボ企画がやってて、白無地のTシャツにエヴァみたいなフォントで「ベートーヴェン」とか「タキ」(滝廉太郎?)とか書いてあったのを思い出した。私と友達が笑ってたら店員が寄ってきて「作曲家コラボ企画です」と見れば分かるような説明をしてきて、「これやばいな……」と面白がっていたら露骨に不機嫌そうな顔になったんだけど、今でも全く反省する気が起こらない。アパレル店員が『聖☆おにいさん』みたいな服をまじめに取り合っているというのはすごいな。気に入りのお店だったんだけど、その店員の趣味の悪さが嫌になってしばらく行っていない。

 みすみさんがこの画風になることがあるんだ。

 これは本当に思っている。

異形頭のような『異様』という美質を意味する美学の用語というのはないんだろうか。

聴いたもの

Yussef Dayes Trio - Welcome To The Hills

 Yussef Dayes, Rocco Palladino, Charlie Staceyの三人からなるYussef Dayes Trioのライブアルバム。
 UKジャズはビートミュージック以降の音楽性を生演奏で表現しようとするムーブメントである。このアルバムの基本もそこに漏れず、ローファイヒップホップやドラムンベース的なものを基調にしたグルーヴ、反復によってある種のムードを作り出すことが第一にある。しかし、これはダンスミュージックであるのと同じくらい"ジャズ"でもある。すなわち、反復は行われるものの、ムードやグルーヴに従事していた楽器が突然背景から身を乗り出して己を主張し始めたり、あるいは全く別の方向に舵を切ってオーディエンスを振り回したりと、ミュージシャンたちはジャンルを意識することなく、型破りで活き活きとしたインタープレイを行っている。そうして反復と即興を行ったり来たりするところにこのアルバムの魅力がある。

Boris & Merzbow - 2R0I2P0

 BorisMerzbowの共作盤。ノイズミュージックを「そこで鳴っている混沌とした音の塊に一刻一刻向き合う」という形で聴いていたので、そのノイズがBorisオルタナメタルに乗っているのを聴いてもあまり意味が分からなかった。何かしらの意図はあるのかもしれないが、コードを弾くメタルと音程も何もないノイズを生み出すMerzbowでは相性が悪いように感じる。とはいえBoris自体のことを何も知らないので、本体の方をもう少し聴いてからまた取り組むかもしれない。

 あとはInjury Reserveを聴いたり相対性理論をちょっと聴いたり。

読んだもの

ystmokzk.hatenablog.jp

10/9

できたこと

  • 基本情報の勉強

雑感

オフライン

 今日は一日勉強と読書に使おうと思い、携帯を置いてガストに出かけた。勉強する時に喫茶店やらファミレスに出かけるのは高校生の時から何も変わっていない。というのは、紙のメディアに触れる際の集中力は意識してオフライン環境に身を移し、インターネット接続端末を手放さないとそうそう得られないからである。Twitter中毒の末路という感がある。

 ……のだが、ガストには店内フリーwi-fiが飛んでおり、漫画を読むために持っていったiPad Airが難なく接続できてしまった。そういうわけで勉強や読書の合間についついTwitterYouTubeを触ってしまい、勉強や読書の静謐さというか、集中して一物に向き合い対話をしているという澄んだ感覚が一切損なわれてしまった。本当に良くない。

 昼食を食べ、おやつを食べ、ドリンクバーを使い倒し、晩ご飯を食べ、閉店ぎりぎりまで居座った。こういう環境を手に入れるために躊躇いなくお金を突っ込めるところはフルタイム労働者の強み。

ドリンクバー

 ドリンクバーに果汁100%のオレンジジュースがあったので嬉々としてボタンを押したのだが、注ぎ口を見たらオレンジジュースと一緒に水がコップに注ぎ込まれていた。100%って何?

読書

 というか漫画を読んでいた。以下さらっと感想。

『違国日記』8巻

 いつも通りに会話の一つ一つが個人のアイデンティティの根幹に触れてしまう、あるいはそういったアイデンティティを常に問われ続けてしまう人々の在りようがよかった。「関係に名前なんかなくていいんだよ」という言葉が印象的。そしてこの巻は「なぜ関係に名前が要らないのか」、という問いに答えているようにも感じられた。それは要するに「生きているから」、人間はラベリングという固い金型に押し込められるほど単純な存在ではないから、ということだろう。「なりたいあたしになりたいだけ」「自分であるためにたたかってる」、ただそれだけのこと。

『ブランクスペース』1,2巻

 『緩やかな破滅の気配』『女の子が二人』という事前情報だけで買ったのだが、凄まじい漫画だった。確実に破滅が齎されるという確信があるのだが、それがいつ、どこで、誰の元に訪れるのか、全く予想がつかないままに登場人物がぽつりぽつりと増え、見える世界が広がった分だけ破滅の足跡も可視化されていく。『ダンケルク』のような息をつかせぬ不穏の気配と、こちらの想像力を煽るようなカメラワークがとても上手い。話の内容を書かないのは、私がこれをホラーとして読んでいるから。アリ・アスター監督作品なんかで顕著だが、ホラーは話の筋よりも恐ろしく見せる演出法ばかり見てしまう。

楽しみなアナウンス

良いツイート

聴いたもの

Global Communication - 76:14

 アンビエント(テクノ)の傑作。ブライアン・イーノの『Music For Airports』が極めた、空間に浸透するアンビエントとはまた異なる、Aphex Twinが開拓した柔らかく人を陶酔させるメロディと優しい質感のシンセという方向性において極みに至っている。こういう型のアンビエントにはすっかり食傷して久しいと思っていたのだが、このアルバムはその食傷を突き抜けてきた。ライブラリを漁るとこういう再発見がある。

Various Artists - Indaba Is

 南アフリカのジャズコンピレーション。一口に南アフリカといっても当然その音楽性には幅があり、その幅の広さと、いわゆる「アフリカ」からイメージされる楽天性ではない、BLMを受けてのシリアスさが新鮮で楽しい。いわゆる「ジャズ」でもなければ「クラブジャズ」でもない、なんというか「ポストパンク」とか「ニューウェーブ」とかに近いような、拡張し続ける運動としての"ジャズ"がある。

MABUTA - Welcome To This World

 上と同じく南アジャズの傑作。こちらは2018年のアルバムで、『Indaba Is』ほど切羽詰まったムードもなく、UKのアフロフューチャリズムと南アの伝統的な音色・ハーモニーの融合が楽しめる。シンプルにいいアルバム。

Blond Sa & Deep'Soul - Underground Kings.Ep

Scratcha DVAとRazzler Manなる人物が紹介していたAmapiano作品。まだAmapiano作品ごとの特徴を説明できないが、これはかなり良かった。

cktrl - zero

 Vinyl Factoryで紹介されていた作品。クラリネットでローファイヒップホップ以降っぽいチルなジャズをやっている。クラリネットという楽器のポテンシャルは音楽シーンにおいて全然引き出されていないと思うので、こういう音を聴くと嬉しくなる。

読んだもの

obakeweb.hatenablog.com

www.ele-king.net

daily.bandcamp.com

news.yahoo.co.jp

ameblo.jp

10/8

できたこと

  • 早起き
  • ラジオ体操
  • ランニング

雑感

華金

 金曜日である。今の私にとって金曜日とは「10時半に寝なくても良い日」でしかないが、それでもなんとなくめでたく、スーパーにおやつを買いに行ったりした。早く金曜日にパーティーが催されて朝まで無限に踊り続けられる日々に戻ってほしい。

仕事

 ついに具体的な仕事をアサインされた。これまではマシンのセットアップとかを漠然とやっていればよかったのだが、そういう時期はもう終わりらしい。正直なところめんどくさく、自分の行動の節々にもそういう内面が滲み出てしまっているような気がする。これから大丈夫だろうか。

 とはいえ、あまり不安には思っていない。そこそこにはできる気がする。その上を目指すとなるとどうなるか分からないが、60点くらいは取れるだろう。取れなければ取れないなりにやっていく他にない。

良いツイート

 アイドルがVのオタクをやっているの、本当に生々しく10代なのだな……という感がある。

聴いたもの

 今日はYouTube音源を消化したり。

Gottz & MUD - Slangin'

 TLの人のツイートから。完全に「聴きたかったトラップ」そのもので嬉しい。トラックの不気味なシンセと笛が気持ちよくなる完全にツボを押さえている。

Itsuki Miyamura - Nemesis feat. NICO, 龍ヶ崎リン & 朧家ブランコ

 これは是非上の曲と並べて書きたい。こちらの笛にはエキゾチックさはないし、楽曲としてももっとフロア寄りだが、治安の悪いトラップの一類型をばっちり極めたものが出力されていてかっこいい。一つの美学が適切に削り出された楽曲には突き抜けた爽快感がある。龍ヶ崎リンさんのラップが好き。「猪 鹿 蝶 ひらひらと」からの感情の盛り上がりがすごい。

dj honda × ill-bosstino - COME TRUE / A.S.A.P.

 BOSSとdj hondaのアルバムから先行公開曲。語りかけるようでありながらビートにかっちりハマり、凄まじく硬い韻を踏んでいるBOSSのラップが、センチメンタルなトラックに良く合っている。

一日1センチずつ進む COME TRUE COME TRUE

は明らかに"Ill-Beatnik"の

例えばな、1日1cmずつ進む、5日で5,1年で365
キャリアは5年で18m25もの スコアを叩き出すことができるっていう寸法だよ

 の引用であるが、その先にdj hondaとタッグを組んでアルバムを一枚出す、24周年を迎える、若いときに吐いた言葉の清算を行うなどという達成があるということだろう。かっこいい。

 翻って"A.S.A.P."の方はトラックに90's NYの煙たい雰囲気があり、フックの使い方もそれを意識しているように感じられる。具体的に言えばプリモ。

sekai - シャンティ

 sekaiさんの新カバー。聴けばわかる通り"DOGMA"や"MAFIA"のwotakuの楽曲。同情するふりで闇の世界に引きずり込む語り手の妖しく中性的な雰囲気と声質がとてもマッチしている。

DECO*27 - モザイクロール (Reloaded) feat.初音ミク

 DECO*27による過去楽曲のリメイク。動画冒頭に"RELOADED PROJECT"とあるのでシリーズものと思われる。

 びっくりするくらい何も良くなかった。イントロのフィルターがなくなったおかげでメインリフに入った時の霧が晴れたような爽快感は失われ、メインリフにしてもギターにディレイをかけなくなったせいか、ただ平べったく音が並んでいるように聴こえる。ただバンドサウンドを電子音に、ぼんやりしていた音をハイファイに置き換えてしまったために、楽曲に魅力を与えていたある種の質感がここでは全てそぎ落とされている。

 そうでなくともAメロからの音のバランスが良くない。ギターの音が妙にソリッドなせいで、同じくマットな四つ打ちのドラムと全然噛み合っていない。そのため妙にアンサンブルが細く聴こえ、初音ミクの電子的な歌声を乗せる土台として全く機能していない。

 本当に褒めるところが全くなかった。誰向けのプロジェクトなんだろうか。

Conducta - Want You (feat. Coco)

 Conducta新曲。ビートがいわゆるUKGと比べると細くなってきている。グライムとも従来のUKGとも違う何かを探っているようだが、まだ暗中模索の途中という感じがする。

星街すいせい - Stellar Stellar

 星街すいせいさんのファーストアルバム一曲目のMV。天から降ってくるような下降旋律で歌われる「だって僕は星だから」の時点で完全に心を撃ち抜かれてしまう。星街すいせいさんは"彗星の如く現れたスターの原石"であるのだから、登場の仕方は天より降り立つ以外にあり得ず、ロジカルな説得力も備えている。

 しかし「だって僕は星だから」は本当にすごい。

 説明を一切せず、「僕は星」という一点は絶対に揺るがない芯として星街すいせいさんの中にある。それでいて「僕だって君と同じ 特別なんかじゃないから」とこちらにも手を差し伸べる。つまり「僕」が輝くようにあなたも輝いてほしいということであり、突き詰めればあなたも星だということになるだろう。

 これ単体で聴いても「COSMOS?」としかならないのだが、この楽曲の本当の真価はダンスフロアで発揮される。

「今宵 音楽はずっとずっと止まない」とあるように、「3時12分」と同じくこの楽曲はダンスフロアでプレイされることが恐らく想定されている。ダンスフロアはその場にいる全員が匿名化する空間であり、そこでは楽曲も同様である。フロアで楽曲がプレイされるとき、ミュージシャンやシンガーといった、その場を支配する個体、メッセージを発信するネームドの個体は存在しない。よって、楽曲のメッセージはシンガーや作曲者でなく、「その場の空気」、言い換えれば「フロアそのもの」が発信するものとなる。だからこそフロアで踊っている時、人はその場の支配者を多対一の形で崇めるのでなく、一対一で楽曲と対峙し、そのメッセージを真摯に受け止めることができるものと私は考える。そして、その一対一で楽曲と対峙する真摯さが集団で共有されていること、それこそがいわゆるダンスフロアの"魔法"であり、その魔法が充満する空間において、星街すいせいさんの発信するメッセージはフロアの外の日常を生きる力を与えてくれると思う。

Septet - John Carroll Kirby

 最近ふと聴き直していた時に、「これはちょっとまじめに対話をしないといけないな」と気がついたので改めて書く。

 最近のジャズシーンといえども元を辿ればジャズ、アンサンブルであって、基本的には楽器同士の対話が重視されているという予断があったのだが、このアルバムを聴いているとどうにもそうではない、構築的・ライヒ的な特性が強く出ているなと感じた。それはハウスミュージックにも通じるビルドアップ、要するに「抜き差し」をミュージシャンにやらせるということで、そこがいかにもビートミュージックシーン的で面白いなと思った。

 それから、ここで鳴っている音は映画音楽的でもある。どうも楽曲がそれ自体で独立していないというか、何らかに伴走することを前提とした耳馴染みの良さ、サッカリンさを敢えて美質として取り込んでいるような節があって、音楽シーンの再評価が何周かしている、その批評性そのものを味わうような作品だなと思った。

その他

 この人は人間というより「資本主義によって駆動される偶像」という概念に近い存在なのだなと思った。

読んだもの

suimoku1979.com

https://fantasybrade.tumblr.com/post/662485547056513024/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%9C%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%92%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F
fantasybrade.tumblr.com