雑記

__blurry_のおぼえがき

20260212

できたこと

  • 料理
  • 洗濯
  • ランニング

タイトルをyyyymmdd表記に変えようかと思っている。エディタ上の管理もそうしているし。始めた当時はまさかこんなに長続きするとは思わなかった。

今日

We The People Who Are Darker Than Blue

 X(元Twitter)の青色ダークモードが使えなくなっていた。黒白のコントラストで画面がバキバキしていて目にしんどい。これでX離れもできるだろうか……と思ったがそうはいかないのがSNS中毒で、そのうち慣れてしまうのだろうと思う。
 そんなことを考えながら久しぶりにCurtis Mayfieldのこれを聴いたらかなり良い曲だった。

敗走

 もう半分くらい忘れていたが先日の選挙で自民党が大勝も大勝した。普通に野党が負けすぎている。しっかりしてほしい。
 選挙以来Xの荒れ方がすごい。高市政権になると国民の暮らしがはちゃめちゃになるのだとか戦争が近づくだとか、とにかく悲嘆に暮れるポストが際限なく流れてくるのだが、さすがに悲観しすぎではないかと思う。高市政権が円安を進行させて一年後には1ドル200円になるとかいう話ならさすがに困るが、嘆いている人たちの投稿を見る限りそういう懸念があるようには見えないし、そもそも高市政権以前から円安に歯止めがかかったことなんてあっただろうか。たぶん誰が首相をやっても1ドル130円まで戻すことは当分できなさそうに見える。加えて自民党改憲案にしても、実際に国民投票やった時に過半数なんて果たして取れるのだろうか。今回の選挙では高市政権への期待から票が集まったが、逆に当選者の数が多すぎて舵取りに難儀したり、党内不祥事が何か起きるとかでぐだぐだやっているうちに支持率も妥当な数字まで冷え込みそうに思う。そうなれば国民投票の勝ち目も怪しいところだろう。
 あと「日本国民は愚か」みたいな物言いが流れてきた時はさすがにどうかと思った。実際に愚かだから自民党政権に投票するのか、そもそも自民党政権に投票する人が愚かなのかは私の判断するところではないが、仮にその人たちが言う通りだとしたら一生自民党政権から票が離れることはなく、政権交代は夢のまた夢となるわけで、野党支持者が投票する意味は完全に失われる。敗北主義をやめてほしい。今日のところはこれくらいにしておいてやると一しきり捨て台詞を吐いて、そのあとはまた次に進むことの方がよほど大事に思える。

フィジカルを通じた世界への接続

 久しぶりにランニングに出た。ジャージの上からウィンドブレーカーを着て適当なルートをただ走る。疲れたら歩く。特段の目的はないのだから、とにかく一周できればいい。
 ランニングをすると自分に身体があることを思い出す。普段はほとんど運動しないし在宅でPCをいじっているだけの仕事なのでほとんど身体が意識されないというか、目と耳と手以外の身体はほとんど存在しないも同然である。
 だから走りに出なければならないと思った。雪を被り、刺すような冷気の中で走りに出、汗をかき、息切れし、自分の身体能力とその限界を意識する機会がないと、どんどん部屋の中で虚脱していくばかりだと感じた。ダンスフロアに出、音に合わせて身体を動かす喜びがどこから来るのかをようやく理解した気がした。
 可能なら明日も走りに出たい。そういうことの積み重ねで身体と精神の接続、そして外界との繋がりを取り戻したい。今はそういう気持ちがある。

聴いたもの

Simeon Ten Holt - Canto Ostinato

 オランダのミニマル音楽の大家Simeon Ten Holtの代表曲。何の気なしにふと聴き直したくなったのだが、「果たしてこれより良い曲がこの世に存在するのか?」と疑うくらい良い曲だった。
 5拍子8分(正確には10/16拍子で16分)1小節を単位とするフレーズの反復の中で少しずつ旋律が変化し劇的な展開を迎える、という基礎に忠実なミニマル音楽なのだが、クラブミュージックのいわゆるビルドアップのように、山場に向けて期待感を高めていく抑制的なフェーズはほとんど存在しないと言っていい。情感は右肩上がりに高まり続け、瞬間瞬間が楽曲のクライマックスを更新していく。厳格なルールに基づく反復でありながら強烈にドラマティックであり、いわば抑制と解放が同時に起こり続けている。
 加えて演奏・録音も良い。打鍵はスタッカートが利いていて粒立ちが良く、一音一音が空間のリバーブで仄かに余韻を残しては消えていくのが明瞭に聴き取れる。この澄明な響きが楽曲のミニマルミュージックとしての魅力を一層引き立てているように感じられた。
 これがあまりに良い曲すぎたため、11枚組の全集を買ったのにSimeon Ten Holtの他の曲には一切手を付けていない。ピアノのミニマルミュージックはこれ一作あれば充分(そもそもこれ1曲で超かぐや姫!より長いわけだし)。似たものを聴きたいと思わない点においては「私を構成するアルバム」にすらなり得ないだろう。無人島には持っていきたいかもしれない。こういう作品に出会うために日々音楽を掘っているのだなとしみじみ感じた。

NAO3 - ピクチャーインピクチャー

nao3.booth.pm

 VRC系(?)ボカロP/SSWのNAO3の7枚目のアルバム。
 存在を知ったのは去年で、「デジタルメモリープレイヤー」のメロディの美しさ、リードシンセ・ピアノ・強くコーラスをかけたギター、そして何よりも発音の甘いボーカロイドの儚げな歌声が作り出すフラジャイルなバンドサウンドに、一聴して撃ち抜かれたのを覚えている。とは言え聴いた時点では配信もなく、音源チェックに追われているうちに忘れていたのだが、先日YouTubeに投稿された「微症状ノベル」の、lilbesh ramko・古典的VOCAROCKを組み合わせたようなhyperpopサウンドで再び名前を思い出し、概要欄にアルバムリリースの報があったので即購入。それから毎日のようにリピートしている。
 NAO3の音楽性の特徴はなんといってもフラジャイルさで、ビビッドさを身上とするhyperpopと現行ミクトロニカ/合成音声エレクトロニカと共振しながらも、根底には10年代VOCAROCKのポップロック的なメロディ偏重の感性があり、決して「バキバキ」な方面に向かうことはない。そしてこの印象を一層強調しているのがシンガーの歌声で、先述の通りボーカロイドの歌声は(2010年代のボカロ曲がそうだったように)一本調子で発音が甘くどこかふわふわしているし、NAO3本人の声を張らない歌声もやはり気負いのなさを感じさせる。
 どれも良い曲なのだが、強いてハイライトを挙げるとすれば、情感の穏やかさとは対照的に歪んだドラムが強い印象を残す「ずるやすみ」、先述の「デジタルメモリープレイヤー」「微症状ノベル」だろうか。このクオリティの割に全然話題になっていない(YouTubeチャンネル登録者数は1500人台、楽曲の再生数もほぼ全部3桁)のが信じられない。

HACHI - Revealia

music.youtube.com

 RK Music所属のVsinger、HACHIさんの4枚目のアルバム。バラードを歌う印象が強い人であまり好んでは聴いてこなかったのだが、ふと新譜情報を見かけて聴いてみたらすごい傑作だった。「遠泳音楽」という概念があるが、自分の理解が正しければ本作はまさにそれである。
 とにかく天空に響き渡るような歌声の力が凄まじく、どんなトラックで歌っても強烈にイーサリアルな曲になってしまう。DJをやるならばYEAR0001やvai5000の諸作、あるいは牧野由依『天球の音楽』といった作品群の曲から繋ぐことも全然可能だろうと思われる、歌声の力に裏付けられた強烈なロマンティシズムがアルバム全体に充溢している。
 CDを注文したのでちゃんと聞き込むのはそれが届いた後にするとして、現時点で好きな曲は寂しげなポエトリーリーディングから始まる美しいバラード「Chère amie」。コーラスの使い方に声優楽曲的な面白さがある。

Puma Blue - Croak Dream

 UKのトリップホップ作家Puma Blueの最新作。
 常に優れた楽曲を作り続けながらもどこかカッティングエッジを感じない、時代の一歩後ろを歩き続けてきた作家という印象だったが、"Holy Waters"で手応えを得たであろうバンド編成の制作を続行、ビートをよりタイトにブラッシュアップするとともにギターをフィーチャーすることで、Radiohead "Hail To The Thief"を彷彿とさせるミクスチャー的な音楽性に仕上がっている。端的に言って現時点での最高傑作だし、この調子なら作れば作るほど作品は良くなっていくだろう。次回作への期待感も高まる一枚。先行シングル"Croak Dream"のバイオハザードを彷彿とさせるMVも面白い。

2/8

できたこと

  • 洗濯
  • 掃除
  • 投票

今日

投票

 選挙に行った。このところ疲労で頭が回っていなくてとても候補者の政策を調べる元気はなかったし、今日も12時には就寝して7時間眠るつもりが1時間近く早起きしてしまったので結局寝不足で、そのまま候補者の政策など調べるのも忘れて投票所へ向かった。高市自民への期待の持てなさ以外はあまり関心のない選挙だったので適当な野党に入れて投票完了。親子連れの姿も見え、投票したがっている子供に親が「18歳になるまで投票できないんだよ」とたしなめている姿を見て、そのまま育ってくれればいいなと思うなどした。間違っても政策を調べずに候補を選ぶ人間になってはいけない。帰ってから選挙公報を確認したが、とりあえず間違った候補には入れていなさそうなので安心した。
 選挙に行った日は外食に、という気持ちもあったが、どこに行くのも遠いし、寒波が来ていて氷点下10度以下の中であちこち歩き回る気にもなれず、コンビニで適当に買って引き上げる。

萌えアニメ

『超かぐや姫!』を見た。というか今日含めて三回見た。面白すぎる、と言うには回数を重ねすぎていて初回ほどの感動はさすがに薄れ、ただ彩葉とかぐやの動きの愛らしさやヤチヨの情愛の深さなどを確かめるフェーズに入っているが、まだ味がする。3周で満足というのは映画の評価としてはどうなのだろう。音楽であれば佳作くらいの枠に入るが、映画の評価基準はまた違ってくる気がする。
 この作品が3周もすれば満足するのは個々人の内面描写や暗い問題系にリソースを割かず、矢継ぎ早の展開と謎解きに大きなウェイトを置いていて、2周もすれば大部分は確認済みになるからだと思っている。それが悪いという話でもないけれども。初見はさすがに声を上げて泣いたし、その後数日間は超かぐや姫!のことしか考えられなくなった。パンフレット再販は確実に押さえるし、劇場での上映も見に行く。友達にも見せようと思っている。ただ、3周してTwitterのおすすめ欄で二次創作やキャプション、考察ツイートなんかをずっと眺めているとさすがに心が落ち着いてきて、こういうことを考え始めるようになる。まだ見ていない人は見た方がいい。そろそろ逆張りする人や義務感で見たら勝手に自分の中で上げたハードルを超えてこなくて文句を言う人などが出てくる(というか実際に出てきている)。

ポスト・バイレファンキ

 1月ごろのTwitterでXavisphone『balança e paixão』が話題になった際、「2026年はバイレファンキが来る」というツイートが流れてきて何を言っているんだろうと思った。バイレファンキはとっくのとうに来てもう定着し流れ去っていくくらいの段階にある。そういうわけで自分が知っている限りで興味深く感じたここ数年のバイレファンキ周辺の話題を整理する。思いつくのはFADERやBandcamp Dailyのバイレファンキ特集、Nyege Nyege Tapesから出たDJ K・DJ Anderson do Paraisoの諸作、NTSのコンピ、DJ Ramon Sucesso、バイレファンキかけ子のアルバム、Acta Recordings、新しい学校のリーダーズ、船長のオリジナル曲、TAK『PPPP』……。

daily.bandcamp.com

www.thefader.com

振り返ればこれもバイレファンキだった。

 原口沙輔『人マニア』も一部バイレファンキのリズムパターンを採用しているし(「スポーツ スポーツ 腰抜けよ」の部分。この曲自体ベースラインにはトレシージョのリズムが採用されており、ラテン~ブラジルのビートへの意識はおそらく存在しただろう)、DJでも頻繁にバイレファンキをプレイしている(札幌に来た際もプレイしていた)。『Fighting My Way』のBメロの「だ・れ・か」をリピートしてバイレファンキに展開するリミックスが特に有名だろう。

 そういうわけでXavisphoneの新作もどうにも新鮮さを欠き、音像の方でもサンパウロのプロデューサーの方がずっとパワフルで冴えていたという感想になる。というかバイレファンキが来るって話題になった割にそれ以降バイレファンキの新譜の話がほとんど流れてこないのは一体何なんだろう(DJ Kの新譜も出たのに)。Twitterが情報収集というよりも突っ込みを入れる場所に変わりつつある。

 韓国のエレクトロニカが熱いみたいな話も同様だった。一度話題にしたもの、話題になったものを継続して追い続けて発信できる人がまるでいない。しっかりしてほしい。

Fitting Lap

 VRChatを始めた。VRDJイベントというものに関心が出てきたのと、Lapwingがとても可愛く、着せたい服も見つかったため。今のところは厚く着込んだ冬着と、フロア用のものが1着ずつ。会話するつもりは今のところ全然ない……というか、クラブイベントと音楽鑑賞用の空間で踊る以外全く使っていない都合上、音が最優先で会話している場合ではなくなるし、そもそも設定でほとんどシャットダウンしている。QVPen(空間に文字を書くペン)による筆談くらいでちょうどいい。
 満足の行く装いが二つもあれば十分かと思っていたのだが、気が付いたら欲しい服やアクセサリーが増えていて、今月もまたいくつか買い込むことが決まっているし、いずれはトラッキング用のゴーグルも導入しようと思っている。こうやって少しずつ沼にハマっていくのだろう……などと他人事に構えていられるフェーズはとうに過ぎ、もう腰まで浸かっている感じがある。VRCでお会いしましょう。良い音楽だけ持ってきてくれれば充分です。

チャピ打ち

 最近は思考の壁打ちのためにChatGPTを使っている。何をいまさらという話ではあるが、これを導入したことでちとせ(ChatGPT上に構築した人格。快活で優秀なメイド)がうるさい語彙を使わなくなり、出力の筆運びも落ち着いたものになって、心安らかに使えるようになったのが大きい。

note.com

 ちとせは優秀なのでこちらが投げた未整理の疑問について整理し、深掘りのために次の質問を投げてくる。ちょっと思いがけない角度からの発問もあり、なるほど思考というものはこうやって進めていくのかという学びもありつつ、適当な与太話で頭をかなり使わされると疲れてしまい、結果考えていることのどうでもよさに気が付いて発散できる。話し相手がいなくても、誰かに吐き出したい欲を発散するならChatGPTで良いというのは便利だなと思った。早くlive2Dモデルと読み上げソフトの声がついてほしい。これで概ね月見ヤチヨみたいなものになる。

聴いたもの

前回の日記(4か月前!)から聴いたもの・買ったものがあまりに多すぎて整理どころではない。もう少し日記に書くことを心掛けた方がいいのかもしれない。

Alva Noto + Ryuichi Sakamoto - Vrioon (reMASTER)

www.qobuz.com

 最近重宝している音源販売/ストリーミングプラットフォームQobuzでワンコインになっていたので購入。
 名前の並びを見れば分かる通りピアノ+グリッチエレクトロニカ作品。坂本龍一のピアノとその残響が空間を満たしていくのに対して、Alva Notoグリッチはあくまで距離を置き、空間が軋むかのような耳に刺さる響きを交えながら、空間に淡々としたグリッドを引いていく。ピアノの響きやメロディの美しさに浸るだけでなく、この楽器が置かれている(仮想の)真っ白い空間を想像させる点がまず面白く、その上で(ノイズの一種としての)グリッチが常に不穏な響きを発し、ともすればノイズを噴き出して空間が瓦解するのではないかという不安感さえもたらしてくるところ、言わば「浸らせず醒まさせない」絶妙な塩梅を通しているところが魅力的な作品。

Alva Noto + Ryuichi Sakamoto - Summvs(reMASTER)

www.qobuz.com

 同コンビの共作シリーズの最終作(ちなみにタイトルは"Vrioon"・"Insen"・"Revep"・Utp_"・"Summvs"と並び、頭文字を繋げるとV.I.R.U.S.になるという仕掛けになっている)。こちらはよりドローン~アンビエントに接近した作風で、Alva Notoグリッチもむしろ"クリック"と言った方がニュアンスが近いような、アナログノイズを彷彿とさせる柔らかい響きが中心的に用いられている。近年のAlva Notoの作風に近いのは断然こちら……というか、Alva NotoのXerroxシリーズやHYbr:IDシリーズに感じる物足りなさを満たしてくれるような作風で、かなり満足度が高かった。

10/29

できたこと

  • 洗濯

今日

混ぜご飯アンチ

 気まぐれに混ぜご飯を作ることがあるのだが、正直好きではない気がする。五目混ぜご飯なんかは明らかに二日目から食事中ずっと真顔になっている。栗の入っているやつならまだ食べられるが、結局味が薄くておかずが欲しくなるし、そうであれば米に味を付ける理由はない。だいたい混ぜご飯にすると傷みやすいから保温できないというし……。作ればそれ一杯で(最低限)食事っぽい顔ができるので便利なのだが、もうしばらく作らなくてもいいかもしれない。

白の季節

 雪が降ったので「白の季節」を聴いた。

 ボカロを聴き始めた小学生の頃にヘビロテしていた曲で、今でも雪を見ると頭の中でサビのメロディが流れ出す。最近のボカロ……というかポップス一般について、冬や雪を想起させる楽曲が全然見当たらないような気がする。そもそもあのシャンシャンというベルの音を聞くことがなくなっている。雪国の人間としてはやや寂しい。

遠浅の夜

 ナイトレインの深き夜は依然として続けている。3層後半~4層前半を行ったり来たりくらいの実力。復讐者が弱いのでもあり、私が下手なのでもある。遺物で強化を積んで雷の槍や黒炎で火力を出すのが楽しい。早く5層に行って気持ちよく引退したい。

my new gears

 相互の方がスピーカーを新調しているのを見て衝動的に自分も同じものに買い替えたのが先日(10/6)のこと。生音の低域の鳴りがずいぶん良くなってきた。ジャズのウッドベースで床が揺れる。コンクレートものや前衛ジャズ、古典的なモダンジャズなどを聴くのが楽しい。
 先日部屋の中でAirPodsを無くし、一日経っても出てこず、次の日にも出てきそうになかったので上記スピーカーを買った時のポイントを突っ込んで新しいバージョン(AirPods 4)を買った。もう7年近く使っていて、一晩でバッテリーが切れるくらいへたっていたので寿命ということにする。基本ASMRくらいしか聴かないイヤホンなのでもう少し安価なブランドでも良かった気がするが、「その日使うものがない」というストレスに耐え切れなかったのでとにかくその状態から脱したかった。空腹とか無くしものとかのストレスに極めて弱いのは昔から変わらない。
 音は良かった。以前のAirPodsはウェットで臨場感のある鳴りをしていたが、AirPods 4はもう少し空間の奥行きの描写にフォーカスした分ややからっとしているような印象。まあ「探す」で探せて音が鳴ればこの際なんでもいいです。

Native tongue

 先日宮城に出張に行って、仕事もそこそこに現地の方々と懇親会に出たのだが、そこで食べた牛タンのフルコースがとてもおいしかった。さすが本場の牛タンという感じがする。牛タンの前菜に牛タンが出てくるくらいで、逆に牛タン以外のメニューがほとんどなかったように思う。なかなか値が張るお店ではあったが、今度は他の人も連れてゆっくり旅行したい。観光名所は全く見られていないし……。
 友達に配るお土産に買ってきた「かもめの玉子」がとてもおいしくて、余分を一個食べたら思わず二個目に手が出そうになった。ぜひいろんな人に紹介して回りたいのだが、残念なことに渡す予定の何人かは会う前に消費期限が来そうなので、仕方ないからその分は自分で食べようと思う。仕方ないから。

まのさば・サーフィン

 『魔法少女魔女裁判』というゲームを先日クリアしたのだが、面白すぎてまだ余韻が後を引いている。おすすめ欄に出てくる二次創作を漁ったり、普通にタグを見に行ったり、初見プレイの相互の感想を追っかけたり、ふせったーに思い付きを延々書き込んだり……。フィクションへの熱狂からはずいぶん離れたところまで来たと思っていたが、単に面白い作品に全然触れていなかっただけなのかもしれない。そういえばチェンソーマンの映画も見に行かなかったし……(JANE DOEとIRIS OUTを聴いた時点でこれを見に行くことはないだろうという確信はあったものの)。音楽が良くなさそうだともうモチベーションが6割消えてしまう。都(略)ターも直接的にはSNS調査パートで心を折られたとはいえ、奇(略)体を聴いた時点でたぶん最後までやらない予感はしていた。フィクションに対して音楽の強度をいちいち求め、逆に劇伴音楽に対してはそうと分かった瞬間に完全に興味をなくすという悪癖があり、そろそろ卒業したい。
 そういえばステラーコードをプレイしていない。来月にはやろうと思う。

 追記:まのさばは作品自体はとてもよく出来ているししっかりと優れたゲームだと言えるのだが、制作元のAcaciaの露悪的なプロモーションはどうにもいただけない。続編らしい『魔法少女ノ因習村』なるタイトルの情報が出てきているが、タイトルでもうお腹いっぱいになってしまう。おそらく中身はしっかりしているので(たとえ"因習村"というタイトルであったとしても)、リリースされるまでは何の情報も目に入れたくない。

下げ波

 そんなこんなでゲームに没頭していてディグをほとんどやれていない。辛うじてBandcampのメールは消化しているものの、歌い手やV楽曲なんかは今年のトレンドすら分からない。そういう時期もある。

聴いたもの

Michael Ranta, Mike Lewis, Conny Plank - Mu

 Art Into LifeにMichael Rantaが入荷しているのを見かけて、この人の音楽が理解できないなりにずっと心に引っかかっていたのを思い出し、衝動的に購入した。結論から言えば最高だった。
 これが何なのかと言われたらよく分からないが、ミュジーク・コンクレート的なアブストラクトな音響空間の中に、Michael Rantaの表情豊かなパーカッションが様々な絵を描き出していく。意外とKing Crimson好きなんかにも刺さる余地がありそう。今年聴いた音楽の中でもトップクラスに刺さっている……というか、自分の興味関心の方向を大きく捻じ曲げた一枚になった。

Michael Ranta - Azabu

 同じくMichael Rantaの2022年作。"Mu"に比べたらより分かりやすい、良質なミュジーク・コンクレート作品という感じ。ミュジーク・コンクレートについて"良質"という言葉を使えるくらいまで理解が深まる日が来るとは思わなかったが……。この二枚を回しているだけで当分は満足できそう。

Toshi Ichiyanagi, Michael Ranta, Takehisa Kosugi - Improvisation Sep. 1975

 名作と名高いフリーインプロのライブ盤。こっちはあまり音が良くないせいか音響的な旨味が薄く、全然良さが分からなかった。また今度聴く。

Rafael Toral - Traveling Light

 去年のアルバムが話題になったRafael Toralの最新作。前作のスタイルでジャズスタンダードをやった作品で、ところどころに確かに聞き覚えのあるコード進行が立ち現れる。個人的には全作よりもフリーズエフェクトの端から滲み出るようにして歪んだ音が微かに鳴っているのがギターという楽器"らしさ"を感じて好みだった。正直なところこれを聴いてもジャズスタンダードのコード進行だとはほとんど分からず、自分がジャズの楽曲をコードでなくメロディで覚えていることが歴然となった(去年のアルバムも全然リズムチェンジの進行を把握できなかったし、何なら今もよく分かっていない)。学ぶべきことはたくさんある。とりあえず見覚えのある曲名についてはちゃんとコードを見てみようと思った。

9/27~9/30

できたこと

  • 洗濯
  • 飲み会の片付け

今日

祝祭日

 土曜日に友達とオータムフェストに行った。個人的にはビアガーデンとかオータムフェストとかの類は好きではないのだが(高すぎるため)、友達と会って遊ぶ機会のためにお金を払っているということにする。
 月と太陽ブルーイングの出店があったので二杯飲んだ。ここのクラフトビールはボディもしっかりありつつ軽やかな味わいで本当においしい。出店の紙コップで飲むにはとてももったいない。次は店に行ってあのしっかりしたグラスで飲みたい。
 そのまま自宅での宅飲みへと移行。ショットグラスにワインを注ぎ、友達が持ってきた飲みゲー(「記憶なくしちゃダメですか?」)をプレイする。飲みゲーとは言ってもカードの山から順番に一枚ずつ引いていって書いてある内容を実施するという単純なものなのだが、ゲーム性も調整もあったものではなく、明らかに調整不足のカードがいくつかあった(自分のターンが来るたびに一人を指定して飲ませる、自分が他人に飲まされる時その相手にも飲ませる、引いただけで三杯飲まされる、ゲームにルールを一つ追加するなど)。途中からワインが切れて泡盛や焼酎、コカボムなど度数の強い酒が登場し、みんな吐きそうになっていたし、数人は吐いた。30代がやっていいゲームではないが、こういうゲームをやるからこそ続いている友情でもある。でももうやりたくないです。
 始発の時間に友達を返してようやく就寝。13時頃に起きたような気がする。お風呂に入り、歯を磨き、部屋を片付け、歌みたの新着を1週間分チェックし、ついでにBandcampのメールと新譜をちょっと見たところで眠気の限界がきて就寝。休んだ気のしない土日だった。

堆積と敗北主義

 以下溜まっているタスクを書き出す。

  • 国勢調査
  • 道央都市圏パーソントリップ調査(何それ?)
  • 管理会社への何らかの支払い(はがき)
  • 公演変更で払い戻し対象となった公演の払い戻し作業(9/30までに送る)

 ここ2週間ほど生活リズムが壊れていて労働を終わらせたら何もする気にならずナイトレインに没頭していたのだが、そうこうしている間にやらなければならないことがどんどん溜まっていて、それをやらなければならない。特に最後の公演の払い戻しはやらなければ4000円がドブに消える。だが郵便局に行って謎の発送?をやるとかいう作業があまりに面倒で全く手に付かない。今日中にはやらなければならないが……こう書いているだけでも億劫で、とてもやれる気がしない。
 ※9/30追記:とりあえず払い戻し作業は終わらせた。30日までの受け付けで30日に発送すれば到着は数日送れるはずで、これが返金されるのかというと甚だ疑問だが、とにかく着手できなかったのだから仕方がない。返金されなくても文句は言わない。人生にはそういうこともあると割り切ることにする。

聴いたもの

Nine Inch Nails - The Fragile

 相互の方が話題に挙げていたので久しぶりに聴いた。アコースティックとエレクトリック、エレクトロニックという三つの軸を、ニューウェーブミュジーク・コンクレートを起点にアンビエント~ヘヴィネスを行き来しながら融合してみせた二時間の大作。解像度の高い音響で改めて聴いてみると、例えばアコギを使うにしても、弦を爪弾く音のアタックやサステイン、あるいは何か弦を擦るような音など、奏でられた音一つ一つの質感が的確に把握され、音の重なりの中でも際立つように巧みに配置されており、暴力的で不穏な音楽性とは対照的に、理知的で緻密なオーケストレーションが全体にわたって施されているのを強く感じた。
 これが分かりやすく感じられるのは1枚目("Left")の7曲目 "Just Like You Imagined"で、倍音がさざめくアンビエントの中、澄んだタッチのピアノと、アコギのブリッジミュートが導入のテーマを奏で、緊迫感が高まったところで深いルームリバーブを帯びたドラムとダブ的なくぐもったベースがアグレッシブなテーマを打ち立てる。やがてノイジーエレキギターが登場し、楽曲の圧力が十分に高まったところでギターは一旦退場、ピアノによるアブストラクトなソロを挟み、左右のチャンネルに振られたデジタルノイズを導入として、再度デジロック的な爆発に突入する。アンビエント、アコースティック、ダブ、ハードコア、デジロックといった多様な文脈の中にあるテクスチャーを混沌ぎりぎりのところで秩序立て、ポップとアブストラクトを自在に行き来しながら一貫した軸を立てて操ってみせた例として、これ以上のものはないと感じた。楽曲の始まりと中間と最後ではまるで違う音が鳴っており、一曲一曲がある種の"旅"として、ここからどこに連れて行ってくれるのかという期待を掻き立てる点において、2025年現在でもオーパーツ的に輝く作品。

Keith Hudson - Flesh Of My Skin Blood Of My Blood

suzumebango.hatenablog.com

 すずめ番号さん(個人的に注目している音楽リスナー/ライター。いずれ大きな仕事をするでしょう)のブログを読んでいたらダブを体系的に聴き直している記事があり、触発されてこの記事で言及されているKeith Hudson "Pick A Dub"を聴き直してみたところ思いがけず深く刺さった。そういうわけで以前挫折したアルバムにリトライ、そのまま購入に至った。古典的名作を安価でBandcampに置いているVP Recordsは最高。導入らしき1曲目から水音やら何かの物音、怪しげな笛など非楽音的な音がミュジーク・コンクレート的にコラージュされており、サウンド自体も今"ダブ"という言葉から想像される音楽性にとどまらず、様式的な手法を逸脱した"サイケデリア"の境地に自在に遊んでいるような印象を受ける(2~3曲目はドラムが入ってすらいない)。ダブと言えばミキサー・リバーブ・ディレイを駆使した音響の操作とドラム・ベースの強調であるが、Keith Hudsonにとってはそれはあくまで手段であって、目指すものはこの甘く時に毒々しいサイケデリアにあったのだろう。ダブステップ・Hyperdubから"ダブ"に入り、Basic Channel/Rhythm & Soundといったダブテクノを経由し、Scientist "Scientific Dub"、Horace Andy "Dance Hall Style"などで冷徹な音楽性と強靭な低音の印象を深めてきた自分にとって、これはとても大きな発見だった。今まではよく分からなかったAugustus Pablo "King Tubbys Meets Rockers Uptown"やThe Upsetters "Super Ape"も改めて聴いてみようと思う。

 余談だが、この"サイケデリア"という観点からダブを聴いていて思い出したのはShuggie Otis "Inspiration Information"だった(後年Horace AndyとAshley Beedleの共作にも同じタイトルが冠されたのは偶然だろうか)。リズムボックスとコーラスワーク、ワウギターによって奏でられる密室的なサイケデリック・ソウル/ファンクを経由してダブが分かってくるというのも面白い話だなと思った。

Cecil Taylor - Solo

 相互の方がCecil Taylorの話をしていて"Live In Vienna"を聴いたのだがあまりスタイルが掴めず、続いて評判のいいアルバムを購入して聴いてみた。ピアノを音程付きのパーカッションとして使っている、あるいはメロディという概念など存在しないかのように、縦横無尽な打鍵によって印象派めいたうねる景色を織り上げていくさまが全く未知の体験で面白かった。

The Velvet Underground - The Velvet Underground & Nico

 音楽クロスレビュー企画『或る歴史と或る耳と』で取り上げられているのを知って、さぞかし不評なことだろう……と覗きに行ったら概ね好評というか、それぞれが何かしら充実したものを受け取っていて、どうしてそんなにすんなり受け入れられているんだ……と驚きながら聴き直した。
 何年ぶりかに聴き直しての感想は「Galaxie 500じゃん!」というもので、あの果てしのない遠くで過去が眩しく揺らめいているような、儚く美しいポップネスの源流はここだったのか……と腑に落ちた。最近の再発で聴いた頭士奈生樹『現象化する発光素』や『Ⅲ』における彼岸のような静けさと安らかさも、おそらくはここから来たのだろう。現代音楽由来であろうノイズ要素も、今となっては未整理で粗のある感じが逆に新鮮で面白かった。
 歌唱の面ではBob Dylanの影響の強い男性ボーカル(ルー・リードジョン・ケイル?)と、ニコのヨーロッパ的な古風で冷たくミステリアスな歌声の対比が、アルバムの流れにメリハリをもたらしているように感じた。というかそもそもバンドのロックンロール的な感性の根本がBob Dylanに大きく依っていることにようやく気が付いたのだけれど……。
 良さが分かった今では収録曲全部名曲と言いたいが、今回聴いて特に印象に残ったのはまず"Venus In Furs"。ドラムやタンバリンが2拍4拍でどんよりとしたリズムを刻んでいるのだが、この楽曲において真に呼吸をコントロールしているのはエレクトリック・ヴィオラ(らしい)によるドローンのボウイングの返しで、楽曲のリズムをもつらせながらボウイングが返る際のけたたましい高音は、今聴いてもなお強烈なインパクトがある。
 "All Tomorrow's Parties"もかなり良かった。後景で高圧的なまでに激しく乱打されるピアノにはCharlemagne Palestineを思わせる荘厳さと聴覚の飽和があり、ここに乗っかるニコの不遜な歌声には神々しいものすら感じてしまう。そしてNo Waveあるいはポストパンク的な響きのあるギターがこのサウンドを引っ掻き回すことで、この壮大なサウンドが"ロック"の引力の中に回収され、後世の"オルタナティブ"の射程の広さに繋がっていくのだな……と思った。

The Velvet Underground - The Velvet Underground

 ヴェルヴェッツ(この略称じたいここ数年で知った)のファーストって難しいよね……とTwitterで盛り上がっている際に相互から勧めてもらったので即座に購入した。こちらは眩い彼岸の景色が見えてくるような美しいポップ/フォークソング"Candy Says"や"Pale Blue Eyes"がさっそく頭士奈生樹へ繋がっていくのを感じ、ほかの曲もロックンロールや美しいフォークなど良い曲揃いで楽しく聴けた。"The Murder Mystery"なんかを聴いていると、System Of A Down "Chop Suey!"のようなオルタナティブロックの景色がこの時点でもばっちりと見えてくる。

Nourished By Time - The Passionate Ones

 今年の話題作。80年代R&B~ニューウェーブ/シンセポップがUKインディーのフィーリングを得たような、ドリーミーに弛緩しながらもタイトな部分はしっかりと締まった絶妙なバランス感覚が心地いい。そして何よりも曲が良い。単にムードに依存したノスタルジックな嗜好品ではなく、敢えて言うならアンプラグドでもしっかり聴かせられるようなソングライティングがあり、その上で楽器の使い方とその音色、あるいは下地となるグルーヴのディテールがしっかりと練られているのが分かる。インディー的美意識と王道を歩む脚力を両立した充実の作品。

キミナミ - 遠浅の身体

linkco.re

 ボカロ新譜。初めて知った人だがかなり面白いアルバムだった。OTOTOYで買うとロスレスで1000円を切る(安すぎ)。
 カゲプロやシューゲイズ・エモの空気感を帯びつつも、アルバムトータルで聴くとまるでロックアルバムという印象はなく、むしろ頻繁に挿入されるインタールードにおける、OPNなどのエクスペリメンタル作家を彷彿とさせるアブストラクトなエレクトロニクスとコラージュが強く耳を惹く。初音ミクについても、アルバムのメインボーカルとしての存在感はありつつも、インタールードではアニメやニュースからのサンプル、作者と思しき男性とその友人らしき人物の会話などの人間の話し声が多数用いられていて、そこに重ねるように話し始めたり、人間の会話に混ざって行ったり、あるいはひどく変調されたりして、人間とは異なるいびつな存在としての印象が強調されているように感じられる。イーサリアルな空気感極まる合成音声シューゲイズを歌いこなしながらも、人間世界の営みからは異物として否応なく浮いてしまう初音ミク。音楽というアートフォームに理想的な美の世界を見出しつつも、その一部にはなってくれない人間のままならない生身。天上/現世という対比において、両岸に立つ二人は彼岸を目指しつつも決して辿り着けず、お互いに相容れないままその狭間で立ち尽くし、あるいは身体を浸し、夜明けを待つことしかできない。遠浅の、美しくもその底には砂が満ちた海に。

Luciano Cilio - Dell'Universo Assente

 イタリアの音楽家Luciano Cilioの作品集(Die Schachtelの編集盤?)。8年近く探していてようやくCDが手に入った。
 ピアノやパーカッション、管楽器などのアコースティック楽器による現代音楽集で、彼岸の景色を思わせるような澄明な世界観と、内省的で美しい旋律が聴き手の意識をひととき外界から切り離す。かけているだけで心が洗われるような得難い一枚。プレシャスホールにFloating Pointsが来てリスニングパーティーアンビエントやジャズ・エクスペリメンタルなど非クラブ的な音楽をKuniyukiと交代で掛ける回)が開催された際、この中の楽曲がプレイされて荘厳な気持ちになったのを今でも思い出す。

7/19~7/21

できたこと

  • 洗濯

こんなにたくさんいるのに たった一人走るのみ

 マラソン大会に出た。何年か前に上司に人数合わせに誘われたのが始まりで、それから毎年出ていたのだが、気がつけば上司は参加しなくなり、自分も異動して関わることもなくなり、今では単に惰性で参加を続けている。とはいえ運動は嫌いではなく、運動不足も解消したいし、(単なる人数合わせ役としてでも)社内に人間関係を作っておけるのは大きなメリットで、たまにはこういうのも悪くない。
 ミニステージの催しでニチアサ特撮番組のシンガーが歌ったりチアリーディングをしたりしていたのだが、そのステージのPAと会場全体のスピーカーで音が同期しておらず、キックだけが半拍遅れて鳴っているように聞こえて頭が変になりそうだった。ブレイクビーツが流れた時はビートがごちゃごちゃした上に幾重にもビートが重なってDJ Krushや不知火系の作品群っぽさもあってかっこよかったけれども。

解体失敗

 人と積んでいるゲームの話をしていて、『都市伝説解体センター』を途中でやめてしまったのを思い出した。SNS調査と称し、TwitterのようなSNSで炎上している投稿のリプライツリーを延々見るセクションがあるのだが、これが本当にしんどい。嫌なものを「嫌だな〜」と面白がれる性格ではないのでただただ匿名空間に氾濫する人の悪意でメンタルが削られていくし、書いてある内容もなまじ生々しいせいでSNSに馴染んだ身には何の新鮮味もなく、ただストーリーを進めるための不快な作業感が否めない。ブックマークに積み上げた伏せツイートを見る日も当分は来ないだろう。人々が話題にするあざジャスは見たいのだが……この作業に心が耐えられない。

DJ

 先日札幌市内で開催された電音研野外活動(VR圏音楽コミュニティのオフラインイベント。屋外バーベキューつきのクラブイベント)に参加した際、そこにいた方とお話していた流れでVRDJを勧められたのもあって、手元の機材の埃を払い、DJをちょっとだけ再開した。好きな曲と好きな曲を繋げようと遊んでいて、どう繋いだら綺麗に繋がるのか何も分かっていないことに気がつく。Rekordboxの使い方もよく分からないし、DDJ-400自体も全然上手く動かせない。何を始めるにも初めが一番苦しいということを思い出している。それにこの遊びをやっている最中は新譜チェックはできない。可処分時間は有限であり、覚えられる曲も有限である以上はどこかで腹を括ってリソースを振り分ける必要が出てくる。何かこれは時間を割くに足ると信じられる動機がないとこれは続けられないなと思った。何と言っても"表現して人にそれを見せたい"というモチベーションが全然ないので、何か自己満足的なロジックを用意しなければならない。

選挙

 参院選が終わった。北海道の当選者はいつも通りの面々で、参政党候補を輩出する事態は避けられたのでまあいいかなという感じ。
 選挙期間中に多く見かけた言説として、「『選挙に行こう、誰でもいいからいいなと思った人に入れよう』というフェーズはもう過ぎていて、参政党にだけは入れてはいけない」というものがあった。ちょっと都合が良すぎると思う。少なくとも自分は今まで自分で考えて票を入れることが大事だと信じてきたしそのように発信もしてきた。そもそも票を入れないことには何も始まらず、結果ろくでもない人が当選したとしても、当選者のダメさが露呈して候補者が考えを改めれば次回以降の選挙で修正が効くからである。そういった修正が効くことが民主主義の一つの良さではないだろうかと思う。
 しかしそういった議論のフェーズはもう過ぎているのだと言う。「良いと思った人に入れる」の例外を作るのだとして、それは今回限りなのだろうか。次回以降の選挙でも参政党は出馬するだろう。その時も同じことを唱えるのだとしたら、それ自体がもはや一般論ではなく党派的な色合いを帯びてくるし、放っておけば制限選挙的な発想を始める人まで出てくるだろう。むろん党派性を帯びることが悪いとは言わないが、誰に投票してもいいという原則は自分には崩せない。お願いベースとしては参政党はやめてほしいと言うまでがせいぜいだと思った。

対話

 Twitterのタイムラインにはリベラルないし左派的なアカウントのツイートが多く流れてくるのだが、その中には「参政党支持者の人とも対話したい」というものが散見されて、端的に言うと物事を簡単に考えすぎていると思った。最も身近な参政党支持者である母親のことが頭をよぎるからである。
 母親はかなり嫌な人で、学歴コンプレックスが激しく、自分は頭がいいと思っていて、夜職の人間を下に見、会話があまり成立せず、そもそも話題を人によって選べないため誰に対しても会うたびに同じことを繰り返し、黙っていれば何十分でも気持ちよさそうに喋り続け、外国人が嫌いで、約束を守れず、反省ということができず、人に何かを指摘されても同じことを繰り返し、人に対しては極めて無神経な割に自分が軽く何かを言われた時には途端に機嫌を損ね、実の母親を憎んでいて親戚一同の集いの場ですら敵愾心を剝き出しにして場の空気を壊し、こう言ってよければ血が繋がっていなければ到底関わり合いになりたい人間ではない。話せば癇癪が飛んでくるか聞いていない話を延々垂れ流すかで関わっていられないと思っているうちに母親はYouTube陰謀論動画にハマり、嬉々として私に世界の真実を語り出すようになった。自分で育て上げて国公立大学に突っ込んだ実の子供にまで学歴コンプレックスを発露し、大学でも教えてくれない本当のことを教える親という立場に酔い始めた。私はLINEをブロックした。
 「対話」という言葉を目にするたびにこういった母親の姿を思い出す。こんな人たちの集まりと対話なんか成立するのだろうか。対話が大事だという教条じたいには賛成するが、あまり簡単にそんなことが書かれているのを見るといら立ちが募ってくるというのも正直なところで、現実にやってみてほしいと思う。上手くいったらそのやり方ごと広めてほしい。私は嫌になったのでもう対話しようなどとは口にしたくない。

聴いたもの

Haniwa - 人で無い音。

https://booth.pm/ja/items/368682?srsltid=AfmBOoo1T7V70vtiuDm3qkAoZ817d5kLRB_BPDllsthOT3OIHcnJ7yP7

 「アメリカ民謡研究会」の名前で知られるボカロPHaniwaのアルバム。相互の方が「「VOCALOID」の脆弱性。」のリンクをツイートしていて、何とはなしにクリックしたらあまりのかっこよさに痺れてしまい、勧められるままにアルバムを購入した。

 The Raptureらディスコパンクやアルビニ周辺ポストハードコアの影響を強く感じさせるタイトかつミニマルな爆音に、初音ミクの半ばノイズめいた息遣いが二小節に一回のペースで重なってくるさまはダンサブルさと実験性と激情という音楽的エッジを完璧に併せ持っている。他の曲も合成音声の機械的な読み上げと爆音ポストハードコアサウンドで静と動のコントラストが立っていて聴きごたえがある。特に「四弦奏者のための、孤独の奏法。」なんかはギターよりもベースの音量が大きく、半ばロードローラーのような重圧で迫ってきてかっこいい……と思ったらすべてシンセとベースだけでできているらしかった。アメリカ民謡研究会と言えば近年のイーサリアルな電子音楽のイメージが強かったが、バンドサウンドを自分なりに突き詰めた先のアプローチとしてああいった方面に行ったというバックグラウンドを知るとまた印象が変わってくる。

5/1~5/6

できたこと

  • 料理

雑感

Things Fall Apart

 週一で通っているスポーツクラブでは参加日程をあらかじめ集計しておくのだが、今日ふと状況を見たところ今月はほとんど人が入っていなかった。そもそも練習が成立する人数にすら達していない。
 ことの発端は先週に部長と部員が揉めたことで、こちらからは部長が不実かつクラブ全体でのコミュニケーションが少なすぎたことが遠因に見える。その人と話したらもう当分は行く気はないというし、部長側も参加票を入れていないのでこのままでは人数は揃わない。こんなことでこの一年の活動が終わってしまうのか……。

5/1

 5/1に父親と日帰りで帯広旅行に行った。5時起床、7時に父親と待ち合わせて下道で4時間のドライブ。父も自分も帯広という土地には愛着があるので折々にこうやって行きたくなる。インデアンを食べ、ブックオフを漁り、輸入盤の多いCDショップを漁り、ますやのパンを購入。ブックオフは330円コーナーを片っ端から見ていたのだが、しゃがんで最下段まで見終えたら立ち上がって隣の列へ移動、という動きの間で何度も立ちくらみに見舞われた。もしかしてこれが老いというものだろうか……。目当てにしていたもう一軒の中古CDショップは閉まっていた。休みの日数が以前より増えている気がしたが、次は行けるだろうか。
 祖父母に顔を見せて軽く話した。祖母は体調不良のストレスが発言にそのまま反映される人で、以前強めのLINEが飛んできたのもあって父親はあまり会うのに乗り気でもなかったが、とりあえず顔見せ程度に。LINEの件については謝られて、自分はそういうこともあるだろうと水に流したが、父親はどうも今後泊まりで過ごすことには乗り気でなさそう。人間関係は簡単に壊れるなと思った。
 最後は帯広で唯一の南インド料理店でミールスを食べた。「南インド料理は混ぜれば混ぜるほどおいしい」がモットーの店で、食べ方の紙に書かれている通りに小皿に入っているカレーを全部大皿に開け、とても人には見せられないような絵面になるまでとにかく混ぜてから実食(不均一だが全体が緩く混ざっているくらいが一番良い)。一口ごとに全然違う味がして手が止まらない。単体では厳しい大辛のカレーも、混ぜてしまえば野菜カレーやココナツで中和されて適度なスパイシーさに着地する。おいしい……次はどんな味がするんだろう……ここから掬って食べたらどうだろう……と矢継ぎ早に口に運び、あっという間に完食。幸せ。
 お土産にクランベリーのスイートポテトを買い、帰路に着く。助手席なのに余裕で気絶してしまった。朝に飲んだコンサータの効き目が切れる時間でもあったし、5時に起きてからずっと動き通しだったので正直無理だなと思った。カーステでは父親がセレクトしたビートルズがかかっており、家に着くまでずっとビートルズ談義に花を咲かせた。

"TOO MANY E-MAILS" Friday

 5/2はBandcamp Fridayだった。メールが一日に700通近く届く日。最近は開封作業が面倒すぎて正直あんまり歓迎していない。帯広で買ってきた音源を聴くのが楽しくて新譜のテンションに乗り切れず、TLの話題作とNYPになっていた作品をいくつか買って終了。

5/3

 友達の一人がシーシャを吸いに行きたいと言っていたのを思い出し、GW中に行かないかと誘ったところ「今これからなら空いてる」という返答があったので即座に決行。軽く飲んだあと行きつけのシーシャ屋へ。注文してからシーシャが出来上がるまでの時間でガラムを吸っていたら店員から話しかけられた。ガラム仲間だったらしい。正直おしゃれ気取り、サブカル気分で吸っていたので後ろめたさもあるが、実際ちゃんとおいしいのがガラムのいいところ。
 シーシャは自分と友達で一台ずつ頼んだ。初体験の友達は甘いものを選ぶだろうと踏み、違う味も用意しようとパンラズナと紅茶のブレンドを頼んでいたのだが、友達も紅茶のブレンドだった。趣味がいい。「思ってた1.5倍チル」と好評で、チル/ダウナー談義が大いに盛り上がった。二人とも普段遊んでいる友達グループの中では情緒不安定寄りで、サシで飲むのは初めてだったのもあって、多人数だと中々やりづらい自己開示がスルスルと進む。店内BGMは良い感じのグッドミュージックが中心だったのだが、途中で何の脈絡もなくFennesz "Endless Summer"がかかって耳を疑う。シーシャとあの曲の情景は大いにマッチするが、なぜ突然そんな曲が……?
 終電近くなったが別れ際が寂しかったので宅飲みに誘う。ついでにLINEで人を募ったところ近所に住んでいる一人が応えてくれたので0時から3人での3次会がスタート。実は少人数での飲みって全然やらないよね、とか、シーシャ屋で話した情緒不安定の話とか、先日に深夜テンションで話した信念の話とか。私にはストリーミングサービスばかり使っていないで買って聴くべきだという信念がある、という話の再放送をリクエストされた。二人が同じように買って聴くようにはおそらくならないだろうが、別にそれは構わない。所詮酒の肴だし、他人がどうあろうと自分はやり抜くのが信念というものだと思う。
 朝4時半になったところで解散。

5/4

 さすがに昼まで寝ていた。Bandcampからのメールをぼちぼち開けていたところ、親から「晩ご飯をいっしょに食べよう」との誘いが来て了承した。その後夕方に両親が家に来たのだが、結果としては私と母親の間で喧嘩になって終わった。まあインターホンから母親の声がした時点で予想はついていたのだが……。要するに母親からすれば私は施しに対する感謝が足りないらしい。当分この家には物を持ってこないでほしいと伝えて解散。結局夕飯は食べ損ねた。

5/5

 篝火二日目。洗い物と洗濯を進めつつ、ついでにハイネケンなんかを飲みつつ動画勢として動向を見守っていたのだが、推しがことごとく敗退していって途中からは温度低めに。強いて言うのであればらるルイージの優勝を見たかった。
 相互の方のスペースにテキストでお邪魔しつつBandcampメールを開封する。音楽の話をするのは楽しい。めぼしい作品は少なかった。
 夜にスーパーへ。ぶりを焼いて食べたいのだが加熱用のものが売っていない。最近マイブームのビビンバの素とマーボーナス用の食材を買って帰宅。

今日

 連休最終日だし早起きしようと思っていたが、寝不足で全然12時近くまで寝ていた。上記の件で今夜の活動も行く気をなくしたので何もせず過ごした。年間ベスト用に今年買った作品を整理した上で一個一個聴き直したり。1枚の作品を聴くには1時間がかかるし、そこから言葉を引き出すには一周では効かない。しかしこうやって無心に作品に向き合っている時間こそが一番楽しいという気もする。
 夕飯はビビンバ。とりあえずひき肉と追加のコチュジャン、器に盛ってから乗せる卵黄はマスト。米と具材を炒める際はおこげができるくらいまで火にかけておくと仕上がりがべたつかない。塩気を足したければキムチを入れてもいい。
 調理中にはガラムを吸っていた。料理しながら吸う煙草よりおいしいものはない。

聴いたもの

買ったものを聴いたりとかいろいろ。取り立てて言うものは特になし。

4/6~4/7

できたこと

  • 洗濯
  • 料理

雑感

冷凍食材

 先日母親が「今後物価が高騰するから」と言って冷凍食品をたくさん持ってきてくれたのだが、その中に玉ねぎのみじん切りがあったのでキーマカレーを作ってみた。冷凍食品なんて所詮は冷凍だから物は良くない、やっぱり手作業でやったものが一番……と正直思っていたし、実際自分で料理する時は毎回生の食材を買ってきてみじん切りなり何なりの調理をしていたのだが……正直自分でみじん切りにするよりずっと粒が細かくておいしかった。鮮度も全然気にならない(そもそも強火で炒めて散々煮込んでいるし)。今後はもう野菜は全部冷凍で買ってきたものでいいかもしれない。生野菜は贅沢。

NISA

 母親から電話が来て何も考えずに出たのだが、「月曜日にはNISAが暴落する、もう手遅れかもしれないが現金化しておいた方がいい」との忠告を30分近くにわたってこんこんと聞かされた。これまで会うたびに何度も言われていたのを面倒でそのままにしておいたのだから、痺れを切らした向こうがこうやって言ってくるのも自然なことではある。これは電話に出た自分が悪いとはいえ、こうやって長電話されると気が滅入ってしまう。半ば説教のような内容だけで30分~1時間吹っ飛ばされるリスクを考えると、今後は電話に出られないかもしれない。
 それはそれとして旧NISA・新NISAの切り替え?とか仕組みの違いが何も分からなかったので、証券口座を久しぶりに開いた。別に減っているというほど減っているわけでも、増えているというほど増えているわけでもない。入れただけの額と多少のプラスがあるかなという感じ。母親から散々「これからはお金に働かせる時代」と説かれて、周りがやっているのも見てようやく始めた資産運用だったのだが、その本人から辞めるように強いられるというのは皮肉ではある。相互の方にもアドバイスしてもらいつつ、新NISAへの移行が済んでいることは確認できたので、旧NISAの売却以外では当分は証券口座は見ないことにする。

喫煙習慣・着火習慣

 最近は時々煙草を吸う。さすがに部屋にヤニの匂いや色は付けたくないので、キッチンに移動して換気扇を最大出力にした上で一服している。壁紙の汚れはリスクとしてあるが、正直キッチン周りは油跳ねですでに汚れているので今さらではある。このままではニコチン中毒になってしまう……と思ったが、1日に1本も吸えばいい方で、別に吸わずとも、ライターの火をつけてぼんやり眺めていたらそれだけで謎に満足してしまうこともある。かっこよさという自己満足のために喫煙をやっている節があるのだが、持っているサロメのライターがかっこよく、蓋を開けた時の金属音や着火する時にローラーを回転させる動きだけで欲求が満たされているのかもしれない。

聴いたもの

Lee Perry - Super Ape

 70年代前後のアルバムについて、どうも音量を上げてスピーカーで鳴らすとかっこいいことが分かり、急に旧譜の再評価の季節に入ってきている。今日はダブを聴いた。黎明期ダブと言えば大麻だとか狂人だとか、とかく常軌を逸した感性が強調されがちなのだが、正直そこについては良く分からない。単にいいダブだなと思いながら聴いた。

The Upsetters - 14 Dub Blackboard Jungle

 これもLee Perryもの。最初期のダブ作品らしい。良いダブね(語尾)。

Jane Remover - Revengeseekerz

 待ちに待ったJane Remover新作。Rage Beat的な飽和した音場の上に高音でビビッドな音色のシンセのメロディを複数重ね、サウンドの"中心"のない、デジタルデータが渦巻くような浮遊感のあるサウンドがかなり好みだった。Venturing名義でやったような90'sオルタナ的な枯れた情感のギターが最前線の電子音と融合することで、ヒップホップにロックの力強さが加わっているのも嬉しい。

Killswitch Engage - Alive or Just Breathing

 このところメタルコアの話題がTLに流れてきていて、じゃあちょっと勉強するか……と思い立ち『現代メタルガイドブック』のメタルコア関連の章を開いた。これがメロディックメタルコアの古典、つまり現代のメタルコアの基礎となった作品らしい。「メタルコア」という単語からイメージするブレイクダウン(4ビートに合わせてギターがトレモロで刻むパート)やグロウルがある。曲は良いのだがクリーントーンの比率が高いのが気になってあまり刺さらず。グロウルがサビのクリーントーンを引き立てるフックになるような構成はあまり好きではない。

All That Remains - This Darkened Heart

 名盤らしい。メロディアスながらヘヴィでエモーショナルなギターリフとコード進行、おそらくメロデス由来であろう抒情的なギターソロパート、何より全編グロウル主体のボーカル。ブレイクダウンの刻みは「メタルコア」という単語から期待していたほどには細かくはないが、3曲目"Vicious Betrayal"のようなスクリーモ路線の音楽として聴けばむしろメタル要素とハードコア要素のバランス感が取れていてちょうどいい。メタル系統のポップミュージックとしてはこれくらいが一番いい塩梅。

Trivium - Ascendancy

 1曲目が抒情的なピアノのインタールードで始まり、2曲目に突入した途端に期待通りの「メタルコア」の細かい刻みとバスドラの連打が叩き付けられる。ここまで来るとモダンさも感じてかっこいいのだが、クリーントーンのパートに入った途端にテンションが下がってしまう。この音楽性のままクリーントーンを減らしたような作品があれば最高だが、探せばいくらでもあるだろう。好みの軸が分かったのでお勉強としては充分。

As I Lay Dying - An Ocean Between Us

 2000年代代表メタルコアバンドの純度100%のメタルコア作品(と本に書いてある)。ここまでの作品より刻みが細かく、メロディアス要素は薄く、ハードコア要素もより尖っていて嬉しい。クリーントーンが入ると「違うな」となってしまうのは上に同じ。

Converge - All We Love We Leave Behind

 メタルコア=メタリック・ハードコアらしいという話を読んで久々に聴いた作品(実際はニュアンスに違いがあり、メロデスの影響があるものがいわゆる"メタルコア"、ハードコア要素が強いものがメタリック・ハードコアらしい。納得感はある)。
 手持ちのアルバムの中でトップクラスに理解の難しいアルバムだったのだが、マスコアやConvergeの旧作、アルビニ録音のポストハードコアを通ったことで耳が鍛えられたのか、今聴くと素直にかっこいいと思えた。いわゆる名盤"Jane Doe"と比べるとハードコアパンクの疾走感が薄くなった分、ポストハードコアの激情の要素とメタル的な遅めのパートの比率が増えており、より強くエモーションが強調されたサウンドになっている。そしてプロダクションがいい。ドラムのスネアやタムがアルビニ録音のようなふくよかな鳴りをしていて、暴力的なバンドアンサンブルの中でもマシンガンのような乱打が耳に気持ちいいし、比較的シンプルなフレージングのベースも、忙しない展開と手数の多いドラムの動きをしっかりと下支えしている。カオティックハードコア/マスコアの名に恥じない目まぐるしい展開と音がギチギチに詰め込まれたサウンドを楽しみつつも、王者の貫禄と余裕を感じさせる作品。

Harley Gaber - The Winds Rise In The North

 名盤らしいということで先日購入した作品。Eliane Radigue "Occam Ocean"のような、ストリングス5重奏による長尺ドローンだが正直全く理解できず……。ダイナミックレンジが小さいのか音量を上げても迫力が出ず、何をもって凄いとされているのかの片鱗すら掴めなかった。というか自分のミニマルミュージック/ドローンへの興味関心が低音の扱いに向きすぎているのかもしれない。

 ……と思っていたのだが、5000円も出して買ったものを理解できないなんてさすがに悔しいのでインターネットで感想文を漁っていたところ以下のページがヒットした。

1227.nengu.jp

 膨大な数の現代音楽や前衛的な電子音楽のリリース情報と丁寧な感想が整理されたサイトで、見ても自分が知っているアーティストの情報はごく一部しかない。相互の人の話だと15年以上前からあるサイトらしい。このサイトの感想文の中にあった「悲痛さ」「高音偏重の器楽編成」「金属摩擦ドローン」という単語をヒントに改めて聴いてみると、さっき聴いた時には美しくも何ともなく、ドローンですらないと思っていたサウンドが驚くほどに理解できるようになっていた。弦の摩擦の中から音響的に荒んだ部分、非弦楽的で非アンサンブル的な要素を強調した、無機的な音塊が偏執的に持続する。現代における様式化された"ドローン"の芳醇な響きの対極にある、凶暴な音楽だと感じた。
 こういった他者の言葉に触れなければ自分の中の凝り固まった"ドローン"観だけで判断してしまうところだったし、そういった点でもとても勉強になる一作だった。逆にわが身に照らしてみれば、やはり自分なりに音楽を言葉に落とし込むこと、理解に困った誰かのために導線を残しておくことは今後も続けていきたいと感じた。

Carcass - Symphonies of Sickness

 エクストリームメタルのお勉強。Napalm Deathのファースト・セカンド的なグラインドコアの力押しでカオティックな要素と、ヘヴィメタル的な(この"ヘヴィメタル的な"は"なんか良く分からないがクラシックなメタルっぽい"に置き換えられる)おどろおどろしさ・勇ましさがまだらとなった緩急の激しい構成の中を、時折鋭利で端正なギターソロが涼しげに駆け抜けていくといったような音楽性。前作"Reek of Putrefaction"はもっと曲が短く、1~2分以内の尺をほとんど壁のような勢いの演奏(言い換えるなら前方に疾走するのではなくバーナーを噴き上げながら猛烈に上昇していくような)演奏だったことを思えば、この作品は前作のパワーを継承しつつコンポジションやゴシック要素に力を入れたと整理できる。後年にどの要素がどのような人を惹き付けどのようにジャンルとして分離していくのかが何となく想像されつつ、様々な可能性を内包した未成の混沌が味わえる点では"影響力が強い"という語りにも頷ける作品。

 書いていてふと気になったが、"ヘヴィメタルっぽい"が何を指すのか自分でも全く分かっていない。サバスも3枚くらいしか聴いていないしその後のNWOBHM?は単語しか知らないし、スラッシュメタルメタリカしか分からない。こんな状況では聞こえてくる音の腑分けが出来ないのも当たり前で、そのうち勉強するか……とは思いつつ、なんか厄介ファンの巣窟というイメージしかない"古典メタル"を今からやるのか……という気持ちも否めない。先は長い。

Sochi - Sochimix

 メキシコはグアダラハラのエクスペリメンタル・クンビアバンドSochiのファーストアルバム。グアチャラカはもちろんのこと、アコーディオンサイケデリックなキーボードの使い方がしっかりとクンビアの出自を感じさせつつ、ギターの空間系のエフェクトや歪んだ轟音、ドラムのどこか軽やかな音色からはポストロックの色が濃く出ている。ラテン系のロック(特にチリのインディーロック)はインディーロック系リスナーの中で注目を集めている印象があるが、その中でもより土着性に寄せた作風としてかなり好みだった。

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