9/27~9/30
できたこと
- 洗濯
- 飲み会の片付け
今日
祝祭日
土曜日に友達とオータムフェストに行った。個人的にはビアガーデンとかオータムフェストとかの類は好きではないのだが(高すぎるため)、友達と会って遊ぶ機会のためにお金を払っているということにする。
月と太陽ブルーイングの出店があったので二杯飲んだ。ここのクラフトビールはボディもしっかりありつつ軽やかな味わいで本当においしい。出店の紙コップで飲むにはとてももったいない。次は店に行ってあのしっかりしたグラスで飲みたい。
そのまま自宅での宅飲みへと移行。ショットグラスにワインを注ぎ、友達が持ってきた飲みゲー(「記憶なくしちゃダメですか?」)をプレイする。飲みゲーとは言ってもカードの山から順番に一枚ずつ引いていって書いてある内容を実施するという単純なものなのだが、ゲーム性も調整もあったものではなく、明らかに調整不足のカードがいくつかあった(自分のターンが来るたびに一人を指定して飲ませる、自分が他人に飲まされる時その相手にも飲ませる、引いただけで三杯飲まされる、ゲームにルールを一つ追加するなど)。途中からワインが切れて泡盛や焼酎、コカボムなど度数の強い酒が登場し、みんな吐きそうになっていたし、数人は吐いた。30代がやっていいゲームではないが、こういうゲームをやるからこそ続いている友情でもある。でももうやりたくないです。
始発の時間に友達を返してようやく就寝。13時頃に起きたような気がする。お風呂に入り、歯を磨き、部屋を片付け、歌みたの新着を1週間分チェックし、ついでにBandcampのメールと新譜をちょっと見たところで眠気の限界がきて就寝。休んだ気のしない土日だった。
堆積と敗北主義
以下溜まっているタスクを書き出す。
- 国勢調査
- 道央都市圏パーソントリップ調査(何それ?)
- 管理会社への何らかの支払い(はがき)
- 公演変更で払い戻し対象となった公演の払い戻し作業(9/30までに送る)
ここ2週間ほど生活リズムが壊れていて労働を終わらせたら何もする気にならずナイトレインに没頭していたのだが、そうこうしている間にやらなければならないことがどんどん溜まっていて、それをやらなければならない。特に最後の公演の払い戻しはやらなければ4000円がドブに消える。だが郵便局に行って謎の発送?をやるとかいう作業があまりに面倒で全く手に付かない。今日中にはやらなければならないが……こう書いているだけでも億劫で、とてもやれる気がしない。
※9/30追記:とりあえず払い戻し作業は終わらせた。30日までの受け付けで30日に発送すれば到着は数日送れるはずで、これが返金されるのかというと甚だ疑問だが、とにかく着手できなかったのだから仕方がない。返金されなくても文句は言わない。人生にはそういうこともあると割り切ることにする。
聴いたもの
Nine Inch Nails - The Fragile
相互の方が話題に挙げていたので久しぶりに聴いた。アコースティックとエレクトリック、エレクトロニックという三つの軸を、ニューウェーブやミュジーク・コンクレートを起点にアンビエント~ヘヴィネスを行き来しながら融合してみせた二時間の大作。解像度の高い音響で改めて聴いてみると、例えばアコギを使うにしても、弦を爪弾く音のアタックやサステイン、あるいは何か弦を擦るような音など、奏でられた音一つ一つの質感が的確に把握され、音の重なりの中でも際立つように巧みに配置されており、暴力的で不穏な音楽性とは対照的に、理知的で緻密なオーケストレーションが全体にわたって施されているのを強く感じた。
これが分かりやすく感じられるのは1枚目("Left")の7曲目 "Just Like You Imagined"で、倍音がさざめくアンビエントの中、澄んだタッチのピアノと、アコギのブリッジミュートが導入のテーマを奏で、緊迫感が高まったところで深いルームリバーブを帯びたドラムとダブ的なくぐもったベースがアグレッシブなテーマを打ち立てる。やがてノイジーなエレキギターが登場し、楽曲の圧力が十分に高まったところでギターは一旦退場、ピアノによるアブストラクトなソロを挟み、左右のチャンネルに振られたデジタルノイズを導入として、再度デジロック的な爆発に突入する。アンビエント、アコースティック、ダブ、ハードコア、デジロックといった多様な文脈の中にあるテクスチャーを混沌ぎりぎりのところで秩序立て、ポップとアブストラクトを自在に行き来しながら一貫した軸を立てて操ってみせた例として、これ以上のものはないと感じた。楽曲の始まりと中間と最後ではまるで違う音が鳴っており、一曲一曲がある種の"旅"として、ここからどこに連れて行ってくれるのかという期待を掻き立てる点において、2025年現在でもオーパーツ的に輝く作品。
Keith Hudson - Flesh Of My Skin Blood Of My Blood
すずめ番号さん(個人的に注目している音楽リスナー/ライター。いずれ大きな仕事をするでしょう)のブログを読んでいたらダブを体系的に聴き直している記事があり、触発されてこの記事で言及されているKeith Hudson "Pick A Dub"を聴き直してみたところ思いがけず深く刺さった。そういうわけで以前挫折したアルバムにリトライ、そのまま購入に至った。古典的名作を安価でBandcampに置いているVP Recordsは最高。導入らしき1曲目から水音やら何かの物音、怪しげな笛など非楽音的な音がミュジーク・コンクレート的にコラージュされており、サウンド自体も今"ダブ"という言葉から想像される音楽性にとどまらず、様式的な手法を逸脱した"サイケデリア"の境地に自在に遊んでいるような印象を受ける(2~3曲目はドラムが入ってすらいない)。ダブと言えばミキサー・リバーブ・ディレイを駆使した音響の操作とドラム・ベースの強調であるが、Keith Hudsonにとってはそれはあくまで手段であって、目指すものはこの甘く時に毒々しいサイケデリアにあったのだろう。ダブステップ・Hyperdubから"ダブ"に入り、Basic Channel/Rhythm & Soundといったダブテクノを経由し、Scientist "Scientific Dub"、Horace Andy "Dance Hall Style"などで冷徹な音楽性と強靭な低音の印象を深めてきた自分にとって、これはとても大きな発見だった。今まではよく分からなかったAugustus Pablo "King Tubbys Meets Rockers Uptown"やThe Upsetters "Super Ape"も改めて聴いてみようと思う。
余談だが、この"サイケデリア"という観点からダブを聴いていて思い出したのはShuggie Otis "Inspiration Information"だった(後年Horace AndyとAshley Beedleの共作にも同じタイトルが冠されたのは偶然だろうか)。リズムボックスとコーラスワーク、ワウギターによって奏でられる密室的なサイケデリック・ソウル/ファンクを経由してダブが分かってくるというのも面白い話だなと思った。
Cecil Taylor - Solo
相互の方がCecil Taylorの話をしていて"Live In Vienna"を聴いたのだがあまりスタイルが掴めず、続いて評判のいいアルバムを購入して聴いてみた。ピアノを音程付きのパーカッションとして使っている、あるいはメロディという概念など存在しないかのように、縦横無尽な打鍵によって印象派めいたうねる景色を織り上げていくさまが全く未知の体験で面白かった。
The Velvet Underground - The Velvet Underground & Nico
音楽クロスレビュー企画『或る歴史と或る耳と』で取り上げられているのを知って、さぞかし不評なことだろう……と覗きに行ったら概ね好評というか、それぞれが何かしら充実したものを受け取っていて、どうしてそんなにすんなり受け入れられているんだ……と驚きながら聴き直した。
何年ぶりかに聴き直しての感想は「Galaxie 500じゃん!」というもので、あの果てしのない遠くで過去が眩しく揺らめいているような、儚く美しいポップネスの源流はここだったのか……と腑に落ちた。最近の再発で聴いた頭士奈生樹『現象化する発光素』や『Ⅲ』における彼岸のような静けさと安らかさも、おそらくはここから来たのだろう。現代音楽由来であろうノイズ要素も、今となっては未整理で粗のある感じが逆に新鮮で面白かった。
歌唱の面ではBob Dylanの影響の強い男性ボーカル(ルー・リード?ジョン・ケイル?)と、ニコのヨーロッパ的な古風で冷たくミステリアスな歌声の対比が、アルバムの流れにメリハリをもたらしているように感じた。というかそもそもバンドのロックンロール的な感性の根本がBob Dylanに大きく依っていることにようやく気が付いたのだけれど……。
良さが分かった今では収録曲全部名曲と言いたいが、今回聴いて特に印象に残ったのはまず"Venus In Furs"。ドラムやタンバリンが2拍4拍でどんよりとしたリズムを刻んでいるのだが、この楽曲において真に呼吸をコントロールしているのはエレクトリック・ヴィオラ(らしい)によるドローンのボウイングの返しで、楽曲のリズムをもつらせながらボウイングが返る際のけたたましい高音は、今聴いてもなお強烈なインパクトがある。
"All Tomorrow's Parties"もかなり良かった。後景で高圧的なまでに激しく乱打されるピアノにはCharlemagne Palestineを思わせる荘厳さと聴覚の飽和があり、ここに乗っかるニコの不遜な歌声には神々しいものすら感じてしまう。そしてNo Waveあるいはポストパンク的な響きのあるギターがこのサウンドを引っ掻き回すことで、この壮大なサウンドが"ロック"の引力の中に回収され、後世の"オルタナティブ"の射程の広さに繋がっていくのだな……と思った。
The Velvet Underground - The Velvet Underground
ヴェルヴェッツ(この略称じたいここ数年で知った)のファーストって難しいよね……とTwitterで盛り上がっている際に相互から勧めてもらったので即座に購入した。こちらは眩い彼岸の景色が見えてくるような美しいポップ/フォークソング"Candy Says"や"Pale Blue Eyes"がさっそく頭士奈生樹へ繋がっていくのを感じ、ほかの曲もロックンロールや美しいフォークなど良い曲揃いで楽しく聴けた。"The Murder Mystery"なんかを聴いていると、System Of A Down "Chop Suey!"のようなオルタナティブロックの景色がこの時点でもばっちりと見えてくる。
Nourished By Time - The Passionate Ones
今年の話題作。80年代R&B~ニューウェーブ/シンセポップがUKインディーのフィーリングを得たような、ドリーミーに弛緩しながらもタイトな部分はしっかりと締まった絶妙なバランス感覚が心地いい。そして何よりも曲が良い。単にムードに依存したノスタルジックな嗜好品ではなく、敢えて言うならアンプラグドでもしっかり聴かせられるようなソングライティングがあり、その上で楽器の使い方とその音色、あるいは下地となるグルーヴのディテールがしっかりと練られているのが分かる。インディー的美意識と王道を歩む脚力を両立した充実の作品。
キミナミ - 遠浅の身体
ボカロ新譜。初めて知った人だがかなり面白いアルバムだった。OTOTOYで買うとロスレスで1000円を切る(安すぎ)。
カゲプロやシューゲイズ・エモの空気感を帯びつつも、アルバムトータルで聴くとまるでロックアルバムという印象はなく、むしろ頻繁に挿入されるインタールードにおける、OPNなどのエクスペリメンタル作家を彷彿とさせるアブストラクトなエレクトロニクスとコラージュが強く耳を惹く。初音ミクについても、アルバムのメインボーカルとしての存在感はありつつも、インタールードではアニメやニュースからのサンプル、作者と思しき男性とその友人らしき人物の会話などの人間の話し声が多数用いられていて、そこに重ねるように話し始めたり、人間の会話に混ざって行ったり、あるいはひどく変調されたりして、人間とは異なるいびつな存在としての印象が強調されているように感じられる。イーサリアルな空気感極まる合成音声シューゲイズを歌いこなしながらも、人間世界の営みからは異物として否応なく浮いてしまう初音ミク。音楽というアートフォームに理想的な美の世界を見出しつつも、その一部にはなってくれない人間のままならない生身。天上/現世という対比において、両岸に立つ二人は彼岸を目指しつつも決して辿り着けず、お互いに相容れないままその狭間で立ち尽くし、あるいは身体を浸し、夜明けを待つことしかできない。遠浅の、美しくもその底には砂が満ちた海に。
Luciano Cilio - Dell'Universo Assente
イタリアの音楽家Luciano Cilioの作品集(Die Schachtelの編集盤?)。8年近く探していてようやくCDが手に入った。
ピアノやパーカッション、管楽器などのアコースティック楽器による現代音楽集で、彼岸の景色を思わせるような澄明な世界観と、内省的で美しい旋律が聴き手の意識をひととき外界から切り離す。かけているだけで心が洗われるような得難い一枚。プレシャスホールにFloating Pointsが来てリスニングパーティー(アンビエントやジャズ・エクスペリメンタルなど非クラブ的な音楽をKuniyukiと交代で掛ける回)が開催された際、この中の楽曲がプレイされて荘厳な気持ちになったのを今でも思い出す。