雑記

__blurry_のおぼえがき

2024年ベストアルバム40

まえがき

 2024年のベストアルバム記事。まともに出すのは2022年以来だろうか。
 去年は今までの音楽人生の中でも特に幅広いジャンルに手を伸ばした年だった。特にボーカロイドリスナーやヘヴィミュージックリスナーとの関わりや、世間/インターネットでのトレンドと外れた領域への関心の高まりなどもあって、影響を受けるばかりでなくむしろ広める側、一人で探求を進めて成果を発信する側に回ったという感覚が強まっている。そんなこともあって、今回のセレクトは周りと話が通じなくなりつつも定番は定番として好き、くらいの程よいものになったのではないかと思う。
 枚数は上半期・下半期でおよそ20枚ずつ。この数自体に意味はなく、元々100枚あったものを時間と体力の都合で泣く泣く40枚とした。

目次

2024年上半期ベストアルバム

Unglee Izi - MUSIQUE de L'A.S.M.A._CHRONOS de TELEHOR et SPACE MODULATOR_Plan I, II, III, IV

diskunion.net

 フランスのエクスペリメンタル作家Unglee Iziが、エジプトのNashazphoneからリリースした140分にも及ぶ大作。ドローンアンビエントからピアノやストリングスによるミニマルな旋律、緻密なエレクトロニクス、鮮烈なノイズまで多様な要素を自在に操り、暗黒の宇宙空間の中で星々の生滅を眺めているような、圧倒的なサウンドスケープを描き出している。Bandcampページの解説では「ただ星に語りかけたいだけの、野蛮なまでに繊細な音楽("This is delicate music of savage finesse that only wants to address the stars and nothing else. ")」と表現されている。このロマンチックなコンセプトの実現のために凄まじく強靭な美意識が貫かれた、今年のアンビエント作品のベストの一枚。

綿菓子かんろ - リサージュの風景

 今年一番リピートした作品。Vsinger綿菓子かんろのファーストアルバム。全編がサイン波とコーラスのみで構成されており、サウンド自体は至ってシンプルである。しかし、Talich Helfenによる複雑なオーケストレーションと美しいメロディ、そして綿菓子かんろの透き通った歌声はどれも一級品であり、これ以上足すことも引くこともできない完成度を誇っている。特に6曲目「邂逅」から7曲目「連奏」の流れは圧巻。VTuber楽曲としても、今年のアンビエントポップとしてもベストを飾るにふさわしい傑作。

Ben Frost - Scope Neglect

 Ben Frost新譜。リリース元は名門Mute。
 今年は様々な音楽への関心が高まった一年だったが、特にマスコアに興味を持ち、Dillinger Escape PlanやCar Bombに傾倒したのは自分の音楽体験における大きなターニングポイントとなった。これまでジャズ、ファンク、ソウルといったグルーヴ偏重の音楽や、William BasinskiStephan Mathieuといった静謐な電子音楽を好んで聴いてきた自分が、ここまでアンチ・グルーヴ的な音楽に引き込まれるなど考えもしなかった。
 この作品はそんなアンチ・グルーヴ的要素と電子音楽の融合が特徴である。前述のCar BombのギタリストGreg Kubackiが参加した本作では、軸足はあくまでも電子音楽に置きながらも、マスコアやメタルのエッセンスが大胆に導入されている("憧れている"という感覚を感じた)。つまり、"刻み"というメタルの音楽性を規定する記号的表現を、池田亮司グリッチのようなテクスチャーとリズムを同時に担うものとして扱い、エレクトロニカとの共通部分を通じた折衷的表現に昇華しているのである。2020年代のジャンル越境的なアプローチが、アンビエントというテクスチャー重視の領域でも達成されうることを示したアルバム。

Violent Magic Orchestra - DEATH RAVE

 Vampilliaメンバーを中心としたプロジェクト、Violent Magic Orchestra(VMO)の最新作。リリース元はGabber Eleganza・Seekersinternational・Loefahなども作品を残すベルリンのレーベルNever Sleep。
 この音楽性はブラックメタル・ガバ・トランスとでも形容できるだろう。トランス特有のリバーブのかかったシンセと、ブラックメタルの驟雨のようなロウなギターサウンドが重なり合い、飽和した音響空間の中を、レーザーシンセが鮮烈に貫いていくことで強烈な多幸感が生み出される。そしてそれを暴力的にドライブするガバのビートが全体を支配している。2023年はMizuha 罔象のリリースが活発で、トランスのリバイバルを肌で感じる年だった。この作品はそういった流れの真打ちとして登場し、自分の中でどこか"傍流"というバイアスのあったトランスやガバを、現代の主流のダンスミュージックとして改めて理解する契機となった。また、これを聴いた時点ではブラックメタルへの関心はほとんどなかったものの、のちにその魅力を理解したことで(プリミティブ・)ブラックメタルへの解像度の高さにも気づき、下半期に入ってから一層思い入れが深まることとなった。

Normal Nada the Krakmaxter - Tubo de Ensaio

 2023年の"Tribal Progressive Heavy Metal"で話題を集めた、リスボンのNormal Nada the Krakmaxterの最新作。今作も前作に引き続きNyege Nyege Tapesからのリリースとなる。
 前作はサウンドが平板でグルーヴも一本調子に感じ、あまりハマらなかったのだが、今作では光っていたチープさの魅力はそのままに、上物のエレピやレーザーシンセなどの際立たせる部分は際立たせてあり、ビートに立体感が生まれている。また、グルーヴの基盤はソン・クラーベやトレシージョで共通しているものの、トラックごとに細かくビートの質感が調整してあって、似ていながらもそれぞれが異なる奥行きを持っている点も魅力的だった。Deconstructed Clubやダブアンビエントといったジャンルが探求する緻密な音響の中に少しずつ行き詰まりを感じていた中で、シンプルなサウンドの中に豊かさを示したこの作品は、2024年でも特に強い印象を残した。

rinri - 栞のよう

 代表曲『僕らの記憶を掠わないで』で知られるボカロP、rinriのファーストアルバム。
 本作の楽曲ではセブンスコードの響きが多用され、オルタナ・シューゲイズサウンドの中に電子音とクラシカルなピアノフレーズが自然に組み込まれている。この激情と端正を行き来するサウンドは、邦ロックや邦シューゲイズの亜種として極めて高い完成度を誇っている。そして合成音声によって歌われる、弱起を多用し同一のフレーズを畳みかけるように反復するメロディは、Car Bombとはまた異なる形での"アンチ・グルーヴ"と身体性への忌避を体現し、vai5000などのdigicoreにも通じるある種の純粋な"エモ(=感情)"を立ち上がらせている(実際ǢǪとの共作『何処へだって行こう』はほとんどdigicoreだった)。
 2023年の暮れ頃からボーカロイドリスナーとの交流が始まり、合成音声シーンをこまめに追い始めた。以前から関心のあった歌い手シーンと隣接する領域だったこともあって深く掘り下げていくことができた(そしてそれがユリイカへの参加に繋がった)のだが、その中でも「なぜ合成音声が歌う必要があるのか」という疑問は頭の中でずっと問い続けていた。この作品はその一つのアンサーになり得るだけでなく、もはや人間の歌唱に対する勝利宣言とも言えるような傑作だと感じた。

Sheila E. - Bailar

 プリンス・ファミリーの一員として知られるドラマー、Sheila E.のソロアルバム。リリース元はSony
 一言で言えばサルサである。しかも、サルサアルバムではスローテンポのバラードがつきものだが、今作のバラードである7~8曲目『Mi Amor』『Possibilities』では中盤からアップテンポなブーガルーに展開させるというアップデートがなされることで、アルバム全体にパーカッシブでダンサブルなバイブスを漲らせることに成功している。
 2024年は『Salsa Con Estilo - Dance Floor Gems from the Vaults: 1950s​-​1980s』や『Discomoda Salsa de Venezuela 1964​-​1977』といったサルサ名門レーベルのコンピレーションが相次いでリリースされ、さらにはFania Recordsではリイシューが相次ぐなど、サルサ周辺のリリースが活発だった。2025年には、サルサ電子音楽化したような新種の音楽が現れることも期待したい。

sonhos tomam conta - corpos de água

 新世代シューゲイズのアーティストとして、Asian GlowやParannoulと肩を並べるsonhos tomam contaの最新作。ボサノバとシューゲイザーを架橋し、リバーブと轟音にくるまれたサウンドの中では、サウダージの感覚を帯びた朴訥なボーカルとギターも、リリカルな激情の噴出の一部として現れてくる。シューゲイザーというしばしばゴシック=キリスト教的な文脈と結びつけられるジャンルを、ボサノバというブラジル(あるいはサンバ)のローカル性と融合させてみせた、発明あるいは革命的な作品。

Bianca Scout - Pattern Damage

 コロナ禍の前後から、トレンドを牽引するユニークなアンビエント作品を次々に放ってきたマンチェスターのレーベルsfericの2024年リリース作。制作したBianca Scoutは過去10年に渡ってチェンバー・ミュージック、コンテンポラリーダンス、ダーク・ポップ、イーサリアルなアンビエンスを融合させてきたらしい(今回初めて知った)。
 本作で展開されるコラージュで構築されたサウンドは、ポップでありつつもどこか中心が欠如しているような虚ろな感覚を漂わせている。そのポップさを頼りに"ポップス"として、あるいは"曲"として聴こうとする耳をすり抜け、ソングライティングのイデアの影を残して消え去るようでもある。覗き穴から異世界を垣間見るように、何か巨大で豊かなものの気配だけを漂わせつつ、その実像は掴ませないまま煙のように立ち消えていくモダンクラシカル/アンビエント作品。

潮 - 生乾き

 ボカロP潮のEP。2000年代インディーオルタナ的な、どこか生活と諦念の気配が染みついたオルタナサウンドの上で、合成音声がある種の情感を完璧に捉えたメロディを歌う。完璧である。その歌声でそう歌われるべきメロディが、息継ぎさえもその一部として、そうあるべきバンドアンサンブルの上でその通りに歌われている。特に2曲目『風と共に去りぬ』4曲目『コインランドリーブルース』は白眉。ほとんどの歌唱は可不で、3曲目『白昼夢』のみ雨歌エルというUTAUの歌唱だが、機械らしいノイジーさを残した歌声がここではハスキーボイス的な落ち着きと神秘性を醸し出している。

Shellac - To All Trains

 今年逝去したSteve AlbiniのバンドShellacの最新・最終作。リリースはシカゴの名門Touch And Go Recordsから。
 アルビニ録音によって強調された、ガリガリに痩せこけたギターとファットなドラムによる鋭利なオルタナサウンドはまさにロックンロールの理想的な在り方を示している。遺作という話題性を抜きにしても本作が年間ベストに入ることは確実だっただろう(実際この選出にそういった思い入れは込めていない)。ただただ超絶かっこいい。RIP。

Mount Kimbie - The Sunset Violent

 ダブステップからポストパンクへと音楽性を一変させたMount Kimbieの4枚目。Warpからのリリース。
 ポストパンクとは言っても、ポストパンリバイバルのようなダンサブルでぎらついた音色とは異なっており、チープなドラム・リズムマシンの音色と、グランジとシューゲイズを足して軽くしたような柔らかく泡立つギターサウンドが本作の特徴である。ギターは主に後景を埋めるように使われており、シューゲイズの飽和感を思わせながらも、パッドシンセ的な控えめな立ち位置に留まっていて、この絶妙な音使いが本作ならではの個性を形作っている。
 本作の魅力は、いい意味でチープで軽い、ジャケットのどこか褪せた色合いをそのまま音楽にしたような、アナログ感のあるギターとドラムの音色を40分弱楽しめるというその一点に尽きる。こんな音色を奏でるバンドは他になかった。

A. G. Cook - Britpop

 PC Musicのオーナーにしてhyperpopの源流の一人A.G.Cookがリリースした三枚組のアルバム。自身が立ち上げた新レーベルNew Aliasからのリリース。
 作品情報については以下の記事に詳しい。

www.ele-king.net

 バブルガムベースに出自を持ち、hyperpopシーンを見届けてきたA.G.Cookは、"Britpop"というさらに巨大なジャンル名をアルバムタイトルに掲げ、シンセと同じようにギターをかき鳴らし、歴史の継承と更新に挑んだ。こういった試みは大仰なようにも思われるが、先鋭的なシンセサウンドオールドスクールなギターの音色が並立し、独自のプロダクションがびっしりと詰め込まれたハイクオリティな楽曲群をいざ耳にすれば、もしかすると本当に世界を変える気なのかもしれないと、出来るかどうかはさておいて信じていいのかもしれないという気がしてくる。特に「現在」の二枚目はCallahan & Witscher "Think Differently"と並べて聴きたい。2024年に聴いた中で一番"ポップミュージック"とその未来を信じる心が伝わってきたアルバム。

Adult Jazz - So Sorry So Slow

 初めて知ったアーティスト。リリース元のSpare Thoughtというレーベルも初耳。
 オートチューンもさらりと取り入れ、どこかインディーポップ的な軽やかさを持ちつつも、ストレンジな音響とバロック的なソングライティングには重厚さが感じられる不思議な佇まいのチェンバーポップ。ストリングスの弦と弓の間の軋みや、耳に刺さるような高音域だけの鳴りなど、あまり顧みられることのないサウンドまでもどこかチャーミングに聴かせているところに弦楽器への偏愛が滲んでいる。2024年の『Pet Sounds』あるいは『Song Cycle』といった趣。

Howie Lee - At The Drolma Wesel-Ling Monastery

 北京のプロデューサーHowie Leeの最新作。リリース元は民謡クルセイダーズアイヌのOKI、Ricardo Dias Gomesなども作品を残すMais Umから(初耳)。
 パーカッションや特有の音階、あるいは読経という直球の形で、東南アジア・中国的な要素とクラブミュージックを融合させた作品。そう言うともはやありふれた作品にも思われるが、通り一遍のハウスグルーヴを導入したといった安易なものではない。あくまで東洋的な要素を保持したままトライバルハウスをやってみせたり、あるいはサブベースの入れ方にしても単にワブルベースを差し込むのではなく、パーカッションの低域を増強するといったさりげない形が取られていたりと、"中華"という世界観から軸足をずらさないプロダクションが徹底され、結果として呪術的ニューウェーブから中華サイバーパンクまでを横断する、多様な中華のムードが展開されている。特に中華歌謡UKG的な5曲目『Mantra of Buddha Amitayus 长寿佛心咒』はDJプレイのピークタイムにプレイされても大いに盛り上がるだろう。こういった露骨に"ディープ"なだけではない、軽やかな(そして若干胡散臭いような)ダンストラックが入っているのも、どこか肩の力が抜けた感覚があって好ましく感じた。
 余談だが、今作のサウンドから連想したのはSVBKVLTのリリースだった。例えばZaliva-Dのシャーマニックな世界観は本作のムードと大きく共通する要素があるし、同レーベルからリリースされたHowie Lee "Swallow EP"にもリミキサーとして参加している。高度なクラブミュージックのプロダクションという点では上海のSwimfulの作品がある。こういった中華圏・レーベル内での交流の成果が本作に結実したのではないだろうかとも思う。

Magnolia Cacophony - (come in alone) with you

 ボーカロイドシューゲイザーユニットMagnolia Cacophonyのファーストアルバム。同人音楽サークルPICTURE BLUEからのリリース。
 重音テトSV・歌愛ユキボーカルによるシューゲイザー作品。Siren For Charlotteからの各種リリースを初めとして今年は合成音声シューゲイズが盛り上がった年だったが、真打ちはこの作品だろう。90年代オルタナをルーツに持つ轟音サウンドはドリームポップのような崇高や抽象、あるいはエモの激情には向かわず、合成音声が歌う中音域の息の長いメロディも相まってある種の穏やかな情感をたたえている。ボーカルの静かな佇まいとギターの轟音のコントラストという、合成音声シューゲイズの魅力が遺憾なく発揮された作品。

Still House Plants - If I don’t make it, I love u

 今年一番の話題を呼んだStill House Plantsのサードアルバム。リリース元はbison(聞いたことないが倉地久美夫 "Open Today"のリリースも話題になっていた)。
 シカゴ音響派電子音楽を経由し、音の並びよりも響き、模様よりも質感に着目するというアプローチの下、音色を極限まで研ぎ澄まし、ロックのクリシェを次々に切り捨て、露骨なサウンドの激しさも身体を揺さぶるグルーヴも演奏の統制感も捨て去り、最後に残ったものだけを聴いているように感じた。そしてそのアプローチとしてドラムとギターはジャングルにおけるアーメンブレイクのように一つのフレーズを細かく切り刻み、カットアップ/再編集して並べ直しているような、どこか"編集点"の感じられるプレイを行っている。これは「リフ」の再定義といったような表現もできるかもしれない。インターネットでは様々な評価が飛び交ったが、その全てを許容しつつ、自分なりに解釈を打ち立てることを要求してくる、優しさと厳しさの同居する作品。

トゲナシトゲアリ - 棘アリ

 2024年上半期にはガールズバンドクライ/井芹仁菜が求められる全てを言葉として放ち、下半期には千葉雄喜が君臨して本物の"REAL"として日記のような作品をリリースした。つまり井芹仁菜はスターであり、そのスター性を体現するのが『棘アリ』である。
 1曲目『名もなき何もかも』のイントロの、ややもつれたリズムで井芹仁菜が歌い始め、そこにキーボード、そして残りの楽器が追随してくるという構成からも、トゲナシトゲアリの主役にしてアンコントローラブルな激情の担い手が井芹仁菜であることは初めから提示されている。ボカロ由来の音数の多い(そして詰め込みすぎてもはや不自然になりかかっている)メロディ、残響系/ポストハードコア的な細かいギターのフレージング、スネアロールを多用し楽曲のテンションを際限なく盛り上げていくドラムといった全ては、井芹仁菜の激情迸る歌声を中心とする星座を描いている。神椿/花譜以降の、鮮烈で剛性の高いエモーションを叩き付ける音楽性と、邦ロック~ボカロの疾走ロックの系譜が理想的な融合を果たしたという点で、いわゆる"ポストボカロ"が"歌い手/VSinger以降"の文脈と結びついて生まれた傑作。

Kim Gordon - The Collective

 2024年上半期の話題作と言えばこれだろう。インダストリアルノイズによってブーストされた破壊的なトラップに、Kim Gordonのラップとも語りともつかない煙たいボーカリゼーションが乗ったサウンドは、そのローファイな鳴りもあいまって現代におけるクールで先鋭的なロックミュージックの現在の形を提示しているように感じられた。激情や破壊を意図しない、醒めたノイズという点では同年リリースのKlein "marked"にもどこか通じるものがある。

Anastasia Coope - Darning Woman

 NYのアーティストAnastasia Coopeのファーストアルバム。リリース元はJagjaguwar。
 聖歌隊、中世の合唱団、80年代アートロックなどに影響を受けたというストレンジなコーラスワークがフォークの上で展開されるさまは、神聖ながらも民族音楽のようなスピリチュアリティも帯びている。フォークに伴う私性というものがまるで感じられない、霊的な存在がたまたま肉体を借りて歌っているような佇まいは2024年でも有数に異様だった。2023年のReverend Kristin Michael Hayter『SAVED!』と併せて、フォークとキリスト教の関係性の中からアウトサイダーの特異な作品が生まれるという流れが続いていて、今後もフォークのポテンシャルには注目したい。

Rəhman Məmmədli - Azerbaijani Gitara volume 2

 アゼルバイジャンのギタリストにフォーカスしたコンピレーション第二弾。プレイヤーはRəhman Məmmədli(読めない)。リリース元は今年も熱い英米外の音楽のリイシューを重ねたLes Disques Bongo Joe。
 1曲目の冒頭から、「アゼルバイジャンのギター」という言葉から受ける印象を全く裏切らず、それどころか大きく上回ってくるような、強烈な歪みの効いた未知のギターフレーズが押し寄せてくる。(おそらくは現地の伝統音楽に根差しているのであろうが、)舞踊音楽的な3拍子のトラックの上で笛のように自在にうねりのたくるギタープレイは、西洋のロックやジャズのフィーリングとは何から何まで完全に異なっていて、ただただその異質さと迫力に圧倒されてしまう。2024年はMdou MoctarやEtran de L'Aïrなど、砂漠地帯(特にトゥアレグ族)の優れたロックミュージックが世に出ていたが、この作品はそうした非英米圏のリリースの中でも特に耳を惹いた。

2024年下半期ベストアルバム

Loidis - One Day

 Huerco S.の別名義Loidisのデビューアルバム。リリース元はJohnny From SpaceやButtechno。DJ Pythonを擁し、ダンスミュージック側からの電子音楽の拡張を試みるNYのレーベルInciensoで、Huerco S.名義での"Plonk"から引き続きのリリースとなる。
 ぱっと聴いて印象に残るのはその霧がかった音響で、これまでHuerco S.について語られてきた言葉を参照してもまずは「ダブ」という言葉が思い浮かぶ。しかしダンスミュージックの核となるキックすらもその深い霧の中にうずもれたサウンドは、ダブのリバーブとディレイを駆使しつつもドラムとベースを強調する手法とはまた違った趣がある。むしろ不明瞭にくぐもった音の、そのくぐもり自体を一つの"音響"として提示するところにこの作品の美質があるように感じられた。ダンスミュージックとしての機能性を高め、聴き手をループの中に没入させつつ、そのループの中で少しずつ一音一音のユニークな音響に注意を差し向けていくというコンセプトが高いレベルで達成されている。

De Schuurman - Bubbling Forever

 オランダのDe Schuurmanのセカンドアルバム。リリースは東アフリカ周辺のユニークな音楽を紹介するカンパラの名門Nyege Nyege Tapesから。
 「バブリング・ハウス」という、ダンスホール・エレクトロ・EDM・R&Bをミックスしたようなアフロ・ディアスポラサウンドを主軸にした作品で、リズムマシンの硬質なビートとレーザーシンセのけばけばしいリフがほとんど暴力的に聴き手の高揚感を煽ってくる。バイレファンキがそうであるような、ただダンスのためだけに先鋭化を進めていったサウンド特有のシンプルさとビビッドさが極まっていて、考えるよりも先に身体が否応なしに動く。個人的に今関心のある暴力的ダンスを体現した作品。ある意味ではLoidisの作品と対照的と言えるかもしれない。

Meridian Brothers - Mi Latinoamérica Sufre

 Eblis AlvarezのプロジェクトMeridian Brothersの新作。ラテン音楽の名門Ansonia Recordsと、スイスのユニークな再発レーベルLes Disques Bongo Joeの共同リリース。クンビア、スークース、ハイライフなどアフロ・ラテン由来の音楽とサイケデリックロックの影響を融合させたエキセントリックなサウンドが、摩訶不思議な世界へと誘いかけてくる。また、クリーントーンで統一されたギターサウンドと、ほとんどリバーブがかかっておらず低音域も薄いドライなプロダクションには、シューゲイズやトランスリバイバル以降のリバーブで飽和した音像や、あるいはキックの存在が自明化したダンスミュージック中心の音楽シーンに対する強烈なオルタナティブ性がある。この後リリースされたGeordie Greepのソロ作品と合わせて、未だ手の付いていないラテン音楽の中に新しいムーブメントの可能性を感じずにはいられなかった。

 同じくラテン系だとLa Sonora Mazuren - Magnetismo Anímalもとても良かった。

Mk.gee - Two Star & The Dream Police

 何を聴かされているのか初聴では全く理解できなかった。LAのミュージシャンMk.Geeのデビューアルバム。基本的にはギターを中心とした、独特のアンビエンスを纏う80年代バラードスタイルの楽曲が並ぶのだが、そのギターの鳴りや奏法が常軌を逸している。全く未知の音楽なのに、なぜか懐かしい音楽のルールが適用できる。リバイバルとするには新しすぎる、錯視的な一枚。

Rafael Toral - Spectral Evolution

 ギタードローンの大家(らしい)Rafael Toralの最新作。Drag City傘下でJim O'Rourkeが主宰するMoikaiからのリリース。
 作品の主軸となっているのはオルガンのような重厚で煌びやかな持続音である。これはクリーントーンのギターであるが、もしイントロや合間合間に差し込まれる爪弾きのフレーズが存在せず、持続音の一部だけを切り取って聴けばそうとは気づけないかもしれない。しかし、そうであるからこそ時にアーミングなどで見せる"エレキ"らしい凶暴さの片鱗がとても魅力的に響く。
 ドローンの上で始終囀っている鳥のようなシンセの音色も面白かった。1月頃に原生林のフィールドレコーディングを聴いており、鳥の鳴き声がよく聴くと電磁パルス的な響きであることを面白く感じていたので、こうして実際にシンセで再現された鳥がさえずり、仮想のフィールドレコーディング的な空間を立ち上げている作品を聴くと不思議な納得感があった。これからも繰り返し聴いていけば埋もれた音がたくさん見つかりそうな、長いお付き合いを期待できる作品。

そういえばmappaから鳥の鳴き声をシンセで再現したコンピレーションも出ていた。今聴いたら面白いかもしれない。

Kali Malone - All Life Long

 押しも押されぬドローン作家Kali Maloneの最新作。リリース元はStephen O’MalleyのレーベルIdeologic Organ。
 2024年にリリースされた中で最も清浄なアルバム。作品内容については以下の記事に詳しい。

turntokyo.com

 調律による和音の響きの変化を作品の特徴として挙げたこの記事は、ぼんやりと音だけを聴いているだけでは意識しきれなかった作品の魅力を的確に捉えており、私の音楽への向き合い方をがらりと変えた。西洋音楽の脱中心化が進んでいく中で音の重なりという西洋音楽の根幹に深く迫った本作は、一つの核心として今後も何度も聴き返すことになるだろうと思う。

Vanishing Twin - Tell Me Not Here

 Valentina Magalettiも参加するサイケデリックポップバンドVanishing Twin(初めて知った)の、The state51 Conspiracyからの最新作。ソン・クラーベのリズムを刻むぎらついたシンセサイザーの上で展開されるエレピ・エレクトロニクス・ヴィオラのジャムと、その合間に挟み込まれるブリティッシュ・フォークは神秘性と崇高さに満ち、聴くものをシュールレアリスティックな異界に誘い込む。Nurse With Woundリスト的な趣も感じさせる、2024年に聴いた中で最もストレンジな作品の一つ。

Nídia & Valentina - Estradas

 ポルトガルのPrincipeから主に作品をリリースする作家NídiaとValentina Magalettiの共作。リリース元はTLF TrioやLaurel Halo、Kassel Yaegerも作品を残すフランスのLatency。
 Principeはクドゥロ・バティーダ以降のダンスミュージックを提示するレーベルで、前述のNormal Nada the Krakmaxter "Tubo de Ensaio"にも通じるスカスカなグルーヴが面白く、今年の下半期にはよく聴いていた(特にDJ Nigga FoxやNiagaraの旧譜、去年の"DJs Di Guetto"など)。西洋のダンスミュージックのようにベースに快楽性を依存せず、いわゆる"エクスペリメンタル"な音響にも寄せず、パーカッションの生々しいテクスチャーと抑揚によってうねりを生み出すサウンドに惹かれたということかもしれない。
 本作ではPrincipeのリリースとは違ってValentina Magalettiの生演奏とリズムマシンのビートが重なっているが、生ドラムやマリンバは空間を感じさせるからっとした鳴りに、シンセは明確に非現実的に(時にはチープに)と、テクスチャーの処理は両者が混じり合うことを防ぐようにして露骨に分けられている。この処理が結果的に両者を互いの異物として引き立て合い、サウンドの中に緊張感をもたらしている。

Klara Lewis - Thankful

 Klara LewisのPeter Rehberg追悼作。リリース元はもちろんEditions Mego
 Nik Colk Voidとの『Full-On』やPeder Mannerfeltとの『KLMNOPQ』など共作の多い印象のアーティストだが、ここでは追悼とタイトル通りの感謝の念を捧げるというコンセプトもあってかソロでのリリースで、暴風のようなノイズアンビエントサウンドの中にも私的なムードが色濃く滲んでいる。特に最終曲"Ukulele 2"は、タイトル通り軽やかにウクレレを爪弾くところから、やがて地をのたくる大蛇のような凶暴なノイズを紡ぎ出していく圧巻の展開を見せる。Peter Rehbergという名前にほとんど馴染みのない自分であっても、この作品の爽やかな哀悼を感じるジャケットと、涙をこらえながらも笑って手を振るようなエモーショナルなサウンドには強く感じ入るものがあった。

V.A. - funk.BR - São Paulo

 ロンドンのラジオ局圏レーベルのNTSが企画したバイレファンキコンピレーション。サンパウロマンデランというスタイルにフォーカスしたものだという。
 英米やヨーロッパでは"エクスペリメンタル"と呼ばれるような強烈な音響がクラーベを刻むミニマルなビートの上で暴れ散らかしている様相は、テクスチャーまで含めてサウンドの全てを動員して身体に訴えかける点で一つのダンスミュージックの理想を体現している。"ポップス"に動員されて頭打ちになることなく、飛び跳ね、合唱するためだけに発展を続ける実験性が一番かっこいい。2020年代はバイレファンキが来る。

Luke Sanger - Dew Point Harmonics

 アンビエント作家Luke Sangerの最新作。スペインの信頼できるアンビエントレーベルBalmatからのリリース(Luke Sangerがここの第一弾として出した"Languid Gongue"もかなり良かった)。
 いわゆるニューエイジアンビエントに属する音だが、ふわっとしたサウンドスケープの中にアナログシンセやノイズのビビッドな鳴りが散りばめてあって、心地よさの中にもアーリーエレクトロニクス的なプリミティブな味わいがある。Rafael Toralの作品ともどこか近いかもしれない。

V.A. - Juyungo (Afro-Indigenous Music From The North-Western Andes)

 エクアドルはキトのレーベルCaifeに残されたカタログからHonest Jon's Recordsが編み上げたコンピレーション。以下ディスクユニオンの商品ページから引用。

エクアドル北西部のエスメラルダスでは16世紀以来、先住民族がアフリカ系マルーン人のコミュニティと融合し、独自のアフロエクアドル文化が形づくられた。そこで奏でられるフォークロアは、アフリカのバラフォンや先住民の打楽器に起源を持つマリンバを中心に、コール&レスポンスのチャント、虫や鳥の鳴き声、アンデスの伝統的な弦楽器、山岳地帯で広く演奏される葦を束ねたパンパイプのサウンドなどが盛り込まれた、非常に豊かな音楽だった。

diskunion.net

 つまりアンデス的な葦笛と弦楽器がアフリカのパーカッションやマリンバと融合した音楽である。マリンバの音色はNídia & Valentina"Estradas"の源流のようにも聞こえるし、去年リリースされたChuquimamani-Condori"DJ E"で試みられたアンデス音楽とDeconstructed Clubの融合も思い起こされる。未だ未着手のラテン音楽であるアンデス音楽に関心が向いていたところに、アンデスとアフリカの伝統音楽が交わる作品が出てきたのはタイミングが良かった。

Moin - You Never End

 本ベスト記事三回目の登場となる、Valentina MagalettiのトリオグループMoinのサードアルバム。今年もエッジの効いた作品を出し続けていたAD 93からのリリース。
 メランコリックなポストパンク。いわゆる「鬱ロック」的な音楽性で、90年代オルタナを通ってきた身としては親しみやすいサウンドである。しかし、その親しみやすさの裏にはギターの音色へのフェティッシュなこだわりが強く感じられ、ドラムと温度の低いポエトリーリーディングは、1曲ごとにまるで異なるギターの絶妙な音色を完璧に引き立てている。エクスペリメンタルを通過してきたミュージシャンならではの音色への感度が、ロックミュージックにばっちりと活かされているのを感じた。
 本作はMount Kimbie "The Sunset Violent"とStill House Plants "If I don’t make it, I love u"の中間に位置する作品だが、3曲目"Family Way (feat. Sophia Al-Maria)"はKim Gordonの最新作を再解釈したような趣があったり、5曲目"Lift You (feat. Sophia Al-Maria)"では"ロックの人が誤解したジャージークラブ"をあえて狙ったようなダウナーなグルーヴに仕上がっていたりと、ただ平均を取っただけではない本作固有の魅力もしっかりと備わっている。ロックの外側から来た人間があえてロックに取り組むことで生まれる化学反応は確かに存在する。

Mount Eerie - Night Palace

 Microphones名義でも傑作を残すUSフォークの代名詞Mount Eerieの最新作。セルフレーベルP.W. Elverum & Sunからヴァイナル・デジタル、日本の7E.P.からCDをリリース。
 ノイズ・インディーロック・雅楽にトラップまでを横断するざらついた轟音を備えたフォークは、そのドライなプロダクションも相まって極めて荒涼とした情景を描き出している。元来フォークというジャンルは、歌とギターだけで完結する点である種の孤独を抱えた音楽である。しかし、ここでは歌とバックの演奏がほぼ分離していて、どんなに演奏のテンションが高まってもボーカルはずっと憂愁を帯びた低いトーンで歌っているため、音は賑やかなのに歌の孤独感は弾き語りよりも一層深まっているように感じられる。人類滅亡後の荒野、あるいはタル・ベーラニーチェの馬』的な不毛の地で風に吹かれながら歌っているような、寂寥感の極まった一枚。

death's dynamic shroud.wmv and galen tipton - You Like Music

https://deathsdynamicshroud.bandcamp.com/album/you-like-music

 Giant Clawメンバーも所属するVaporwaveトリオグループdeath's dynamic shroud.wmvと、卓越したサウンドプロダクションで独自の電子音楽を探求するGalen Tiptonのコラボアルバム。death's dynamic shroudのセルフリリース。
 正直なところどういった文脈の何が鳴っているのかまるで見当もつかないのだが、それでもサウンドの快楽性が凄まじい。情報の過剰さや特有のポップネスを、Toilet StatusなどのOrange Milkの作家になぞらえることはできるが、ここで鳴っているのはそういった通り一遍の説明で済むようなものではないだろう。無数の引き出しとユニークなアイデア、そしてそれを支えるプロダクションという、アーティストの地力によって実現されたスーパープレイ集とでも呼ぶのが正しい。最終曲ではシューゲイズバンドFull Body 2までもが参加している。エキセントリックな音楽性でありながらも、シーンの地道な蓄積とアーティストの努力がしっかりと実を結んでいるのが感じられるドラマティックな傑作。

nudo - alma blindada

 2024年最もいかがわしかった作品と言えば間違いなくこの作品だろう。テキサスのエレクトロニック・デュオによってHalcyon Veilからリリースされた作品。
 出来の悪いAIにいい加減なプロンプトで生成させた音楽のように、どこかで聴いたことがあるような、しかしどこか粗雑さの拭えないサウンドが立ち上がっては、何の劇的解決もないまま全く異なるジャンルの音楽に突然切り替わっていくのを延々と繰り返し続ける。ここにはいわゆるアンビエント的な没入感や恍惚の感覚も、ロック的なシャープなソングライティングもなく、ただ雑な連想を呼び起こしては何も結ばずに消えていく音楽の残滓だけがある。Vaporwaveさえも端正なチルアウトミュージックに聴かせてしまうような、虚脱感に満ちたコラージュ(生成AIではない)。

Nicolas Gaunin - Huti ゲーム

 イタリアの実験音楽レーベルArtetetraからのリリース。Moon GlyphやHive Mindといった錚々たるレーベルからも作品を出す作家の最新作だが、これが何なのかというと全然見当がつかない。少なくともこの作家が"ゲーム"に対して真剣であることは間違いない。
 食品まつりを連想させるユーモラスなエレクトロニクスによって組まれたサウンドは、電子世界のJon Hasselのように、ゲーム世界的な"秘境"と、そこに紐づくローポリの情景を聴き手に想起させる。オープンワールドマリオ64、あるいは話しかけたら未知の言語で返してくるどうぶつの森と言えば伝わるだろうか。前触れもなく目まぐるしく動くエレクトロニクスが、一体自分はどこに迷い込んでしまったのかと不安を誘いつつ、この世界をもっとプレイしたいと引き込んでくる楽しいニューエイジ作品。9曲目『Snake Digestion』なんかはDJで使っても楽しそうに思える。

Cindy Lee - Diamond Jubilee

 Patrick FlegelなるアーティストのソロプロジェクトCindy Leeの最新作(聞いたことない)。自主リリースされたのちリイシューレーベルの名門Superior Viaductからヴァイナルリリースされた。
 これを聴いた時の第一印象は「枯れている」だった。ここには"現代性"だとか"モダン"といった言葉で語れるような音は全く鳴っていない。霧の向こうから聞こえてくるようなプロダクションが施され、リスナー側に何の"アップデート"の目配せもなく奏でられるオールドファッションなアメリカンポップは、まるで『シャイニング』のダンスホールで自分が死んだことに気がついていないまま踊り続けている亡霊のように、もはや「古い」という地平を超越した深い神秘性をたたえている。千年生きた龍、あるいは未開の森の中で悠久の時を重ねた霊樹。そういった時の流れを超越した巨大さに打たれる2020年代の傑作。

1. いよわ - 映画、陽だまり、卒業式

 年間ベストオブベストアルバムはいよわのサードアルバム。Normal Nada the Krakmaxter "Tubo de Ensaio"などいくつかの項で書いたような、非"エクスペリメンタル"的でジャンルマナーにことごとく背いていく未分化なサウンドと、合成音声による歌声というある種のオーソリティから外れた要素が、多種多様かつユニークな楽曲の中で応用されている。洗練や究極といった言葉からは遠い、中間領域のサウンドの豊かさはどんなアプローチの楽曲の中にも見出せるという一つの証明のようでもあった。
 加えて言うならば、2024年という大きなムーブメントもないまま各々のシーンが成長し、いい意味でも悪い意味でも多様な音楽がリリースされ、聴く側もトレンドではなく自分の心から出てくる関心に従って音楽を聴いていたであろう年に思われる。そうした一年を象徴する作品として、アイデアの浮かぶままに作り続け、できたものを全部詰め込んだようなこのバラエティ豊かなアルバムを選ぶことには必然性すらも感じた。

あとがき

 以上40枚の作品を取り上げて2024年を振り返ったが、ここに挙がっていない個人的トレンドがあまりにも多い……。AIカバーやプリミティブブラックメタル、クンビアについては聴いていた時間の割にほとんどここに挙がらなかったし、歌い手楽曲・歌ってみた動画についても当然アルバムやEPというフォーマットでは掬い切れない。アルバムの時代が終わりつつあるとまでは言わないが、インターネット音楽シーンの拡大によって、既存の体系に回収されないクリエイティビティが現れ始めたのは確かだろう。
 最後に、2024年も多くの人との新たなご縁、そして新たな学びのあった一年でした。Discordなどの閉じたコミュニティの価値が高まりつつある中、誰にでも開かれた空間で音楽情報や語りを発信し続けている方々には尊敬と感謝の念しかありません。2025年も引き続き、楽しく音楽の話ができることを願っています。