雑記

__blurry_のおぼえがき

2022年ベストアルバム

 2022年が終わった。本当は年内に出すつもりだったのだが……。
 ともかく2022年はけっこうな数の音源を買ったし、その中である程度感性も確立されてきたように感じるので、自分のリスニングの総括としてベストアルバムを書くことにした。作品には短評を付すが、かと言ってあれこれ細かく書くつもりはない。私にとってはこれらの作品はすでに過去であるし、これから作品に出会う読み手にしても、私の言葉の答え合わせのように作品を聴くのでは面白くないと思う。
 数は絞っていない。そうすることで個人的に大切だった作品がこぼれ落ちると思ったからである。今年の代表作らしい代表作を「これ入れないわけにはいかないし……」などと詰め込んでしまっても、2022年に自分が何をしていたかという備忘録にはなり得ないだろう。
 基本ルールは以下とする。

  • 2022年リリース(リイシュー等も含め、2022年に出たと自分が認識している作品)
  • 聴いた回数では判断しない
  • だいたい順不同(概ねリリース日で降順)
  • EPとアルバムを区別しない
  • 買ったものに限る(そもそも買っていないものはほとんど覚えていないけれど……)

2022年ベストアルバム

Carlos Niño & Friends - EXTRA PRESENCE

 LAシーンのキーパーソンCarlos Niñoが2020年にプライベートリリースしていた作品が一般に公開されたもの。ニューエイジ的な甘美さ、南アジャズのスピリチュアルさ、UKアンビエントジャズのコズミックさ、久石譲のセンチメンタリズムなど、現行ジャズシーンとLAシーンの多彩なサウンドに触れつつ、決してどの色にも偏らない広い視野とバランス感覚を持つ作品。
 今年はInternational Anthemを追いかけた年だったが、9月くらいからどうも好みと合わなくなってきた。来年はどうなるだろうか。

nickname - Logical Self EP

 ジャングル寄りのシリアスなUKガラージ。人を踊らせる力が凄まじく強く、どの曲がかかってもフロアにインパクトをもたらすことは間違いがない。5曲あって全部非の打ち所なくかっこいい。

Skeleton King - Falling In Love

 今年で一番かっこいいUKガラージ。ジャケもかわいい。

Spoon - Lucifer On The Sofa

 世界で一番知的なロックンロールバンドの最新作。ラフなロックンロールのムードと電子音楽的な音使いやファンクのグルーヴを融合させたサウンドは今作も最高。全ての曲が最高とまでは行かないまでも、冴えて楽しい楽曲がいくつもあって長く聴けるアルバムになりそう。

Yard Act - The Overload

 UKポストパンクシーンの中で最もダンサブルでポップなバンドYard Actのファーストアルバム。泥臭さと大衆性を一切隠さず、しかし成熟した渋いサウンドを鳴らしているところにこのバンドの強みがある。Dry CleaningやBlack Country, New Roadなど去年躍進したポストパンク勢はそれぞれの音楽を探求するフェーズに入ったが、私としては踊れるかアンサンブルがかっこいいことが全てである。そういうわけで今年のベストポストパンクはこれ。

Albert van Abbe - Nondual

 アブストラクトなグリッチサウンドとピアノの美しい音色が強い緊張感を生んでいるエレクトロニカ。老舗Raster-Notonからのリリースらしくクオリティは折り紙付きで、新鮮さこそないものの、古臭くもない絶妙にタイムレスな仕上がりになっている。

Azu Tiwaline & Al Wootton - Alandazu E.P.

 今年はダブとアンビエントの融合から始まった年だったと言えると思うが、そんな中でダブとUKガラージを融合したAl Woottonが、さらにトライバルなカラーまで取り入れ、時代のもう一歩先のクリエイティビティを提示した作品。
 リリース元であるLivity Soundを知ったのは、2021年にResident Advisorがレーベルコンピレーション"Molten Mirrors - A Decade Of Livity Sound"を取り上げた時のことで、以来新しいリリースは欠かさずチェックしている。今年もクオリティの高いリリースが多かった。来年も期待。

Jensen Interceptor & DJ Fuckoff - Club Angels EP

 フロアで祭りを起こしたい時にかけるようなぶち上がりゲットーエレクトロが4つ。下品で楽しすぎる。

Denzel Curry - Melt My Eyez See Your Future

 とにかく栄養価の高い、現代における正統派のヒップホップの名盤。当たり前だがヒップホップにおいてラップが上手いというのは大事で、さまざまなスキルが次から次へと繰り出されて飽きる暇もない。声を静かに引き立てつつ、アンビエント的なムードで色彩フィルターをかけるようなトラックもたいへん好みだった。マスターピースの風格を備えた一枚。

BBBBBBB - Victory Hardcore

 今年一番うるさいアルバム。デジタルハードコアのディストーションがかったキックとハードコアパンクのような絶叫ボーカルでぶっ飛ばされる。しかし一発ネタではなく音楽的に骨子がしっかりしていてちゃんとかっこいい。これだけやかましサウンドで歌っている内容が「みんな頑張れ!」「努力そして根性!」とか底抜けにポジティブなのがとち狂っている。そういえば一曲目のガバキックは337拍子。

Acid Arab - Remixed

 名の通り、アラビアンテイストをディスコやハウスに導入したサウンドを展開するコレクティブのアルバムのリミックス盤。非西洋的な音楽性を四つ打ちに導入しながらも浮ついた雰囲気がなく、繰り返し聴くに堪えるサウンドに仕上がっているのがすごい。

Julian Sartorius & Matthew Herbert - Drum Solo

 ドラムソロにリアルタイムでエレクトロニクスによる処理を加えたライブのアルバム。ドラムのヒプノティックなグルーヴとエレクトロニクスのノイジーアブストラクトなサウンドが緊張感のある空間を作り出している。生演奏であることに加えてMatthew Herbertの引き出しの量が尋常ではなく、次にどんな音が飛び出してくるのかまるで想像がつかない。

SOUL GLO - Diaspora Problems

 ヒップホップとハードコアパンクの融合した傑作。焼け付くようなバンドアンサンブルの凶暴な衝動の裏にはリスナーを置いていかない親切心とパンクのグルーヴにしっかりと早口のがなりを乗せるスキルがある。

Shakali - Aurinkopari

 チベット仏教密教的な雰囲気を帯びたリチュアルなニューエイジドローン。Carlos Ninoや現行NYシーンのような甘美なニューエイジシーンよりももっと深く潜り、生命の神秘にフォーカスしたような静謐さがある。私はGood Morning Tapesがデジタルリリースしていたものを買ったのだが、今確認したらページが消えており、当然私のコレクションからも消えていた。データを落としておいてよかった……。

Aiobahn - All Connected

 二千年代アニメ的エモーションを現代のサウンドパレットで鳴らしたハウスの傑作。Aiobahnのサウンドのキレは周辺シーンの中でも頭一つ抜けている。今年出たナナヲアカリ"恋愛脳"のリミックスもマスト。

KMRU & Aho Ssan - Limen

 凄まじいアンビエントインダストリアルノイズ。荒涼たるサウンドスケープの上に、デジタルノイズとそのモジュレーションがジャケットの雷雲のように激しく轟く。

Harvey Sutherland - Boy

 Harvey Sutherlandの作品に外れなし。メルボルンらしく晴れ晴れとしたダンサブルなファンクが並ぶ。80年代っぽいまろみがありつつエッジを失わないドラムの音作りが技あり。

Zeal and Ardor - Zeal and Ardor

 呪術的なブラックネスをメタルに融合した傑作。暴力的サウンドと思いきや、そこから伸びる影はBloc PartyやAlgiersなどのソウルフルで理知的なポストパンクの輪郭を帯びている。ブラックネスと暴力性の結びつきにおいて前述のSOUL GLOとは異なるアプローチを取っており、聴き比べると面白い。

Pusha T - It's Almost Dry

 カニエとファレルによるプロデュースが話題となった一作。最高のトラックに硬派でクールなラップが乗った、ヒップホップにおけるエレガンスを体現した一作。

Afrorack - The Afrorack

 今年はNyege Nyege Tapes周辺の東アフリカの音楽が躍進した年だったが、その中でも特に好みだった作品。モジュラーシンセによる工学的で無機質なサウンドの中から、東アフリカアンダーグラウンドのぐつぐつと煮えたぎったムードと伝統的なリズムが立ち上がってくる様が面白い。

Chrisman - Makila

 Nyege Nyege Tapes傘下のダンスミュージック専門レーベルHakuna Kulalaは今年一番楽しいレーベルだった。先に挙げた"Afrorack"もこのレーベルの作品なのだが、レーベルカラーが如実に出た作品としてこれも挙げたい。高速グライムにクドゥロのスカスカな質感とGqomのダークさを掛け合わせた現行ダンスミュージックの良いとこどりのハイブリッドサウンドに笛や金物を打ちまくる土着的な音が入ることで、全体として野性的でトライバルなムードに仕上がっている。

Duck Sauce - Put The Sauce On It

 Duck Sauceによるぶち上げディスコハウス。こんなの抗えないに決まっている。

SCALPING - Void

 メタルの語彙を取り入れたデジタルポストパンク。Jon Theodoreのような肉体に響くドラムの鳴りが最高。

Aquarian - Mutations II: Delicious Intent

 これを聴いたあたりから暴力的なアーメンブレイクやBPM140を超えた音楽への関心が高まってきた感じがある。

Automatisme - Statique

 東アフリカで盛り上がるシンゲリのような高速ダンスミュージックのMille Plateaux流再構築としてリリース当時盛り上がっていたのだが、自分以外ほとんど誰も聴いていなかった気がする。

Daffy & PJ Bridger - Way Back When EP

 アーティストの並びから期待される通りの素晴らしい鳴りをするUKガラージ

FINAL - It Comes To Us All

 あまりに美しくカタストロフィックな鳴りをするノイズシューゲイザーWilliam Basinski "The Disintegration Loops"の音のたわみと崩壊のプロセスを絢爛たるノイズとして再構築したような、凄まじい音像が立ち上がってくる。この人が最近出したアルバムはここで聴けるフラジャイルな音像とは正反対の苛烈なインダストリアルハーシュノイズで、こっちもかなり好き。

Marina Herlop - Pripyat

 ピアノのカットアップグリッチとインド的な複雑なリズムに多重録音による複雑なコーラスワークが組み合わせられたユニークな作品。表現されている情緒には馴染みがあって聴きやすいものの、そこに至るアプローチとその強度が他に類例を見ないもので面白かった。

Mina - TRANCEHALL

 90~00年代のダンスポップクラシックをトランス×ダンスホールのスタイルでリミックスしたものらしい。AmapianoやGqomの音があったりとトレンドを押さえ、しっかりとハイファイな音に仕上げつつ、"現行シーンの一枚"には収まらないユニークな楽しさを獲得したアルバム。

DNGDNGDNG & Prisma - Pliegues

 2020年あたりから名を聞くようになった南米レゲトンシーンの代表格Dengue Dengue DengueのEPを一枚。今年はこのペルー人のレーベルTraTraTraxとメキシコのN.A.A.F.Iが躍進しアンダーグラウンドレゲトンシーンを世に知らしめた年だった。

Sangre Nueva - Moskito / Tu Forma

 レゲトンシーンからもう一枚。アンビエント/ディープ・レゲトン創始者DJ Python、ダブアンビエント的なエクスペリメンタルサウンドを鳴らしBeyonceのアルバムにもフィーチャリングされたKelman Duran、UKダンスホールシーンで名を上げXL Recordingsからも作品をリリースしたFlorentinoの三人組のシングル。Special Guest DJが札幌のフロアで"Tu Forma"をプレイしていて、ダブの飛び道具的なSEを使い倒した攻撃的なサウンドにやられたので選出。

Crammed Discs - Rare SSR Electronica 1989-91 (Crammed Archives 0)

 ベルギーの老舗レーベルCrammed Discsからのリリースで、80~90年代の未分化なダンスミュージックのコンピレーションの序章的なEP。Derrick Mayの"Strings of Life"や"As It Is"など本当に初期のデトロイトテクノがUKに持ち込まれた時期に、それらのサウンドをどうにか再解釈しようとした悪戦苦闘が伺える独特な味わいの音がする。ノスタルジックながらもその実験性と雑食性はフレッシュ。

Jasmine Myra - Horizons

 UKスピリチュアルジャズ/アンビエントジャズの決定盤。サウンドスケープの茫漠たる広がりを提示するのではなく、それぞれに確固たる旋律を持つ音色の重なりによって一つの緩やかな風景を構築する、室内楽への回帰も感じるようなサウンド。自分は結局のところニューエイジの音が得意ではなく、この作品の非ニューエイジ的清冽さが気に入ったのかもしれない。

Objekt - Objekt #5

 異形のダンスホール。まだ異形の音像みたいなシーンを知る前に聴いたので衝撃がすごかった。

Mogao - Finger Pointing To The Moon

 "呪い"とでも形容できそうな古ぼけておどろおどろしいボワボワの上に負傷した怪物の悲鳴のようなノイズがのたうち回る、不気味極まりない作品。誰しも無意識として知っていそうな音像にこの強度で具体的な形を与えた点が素晴らしい。

STEFANO PILIA - SPIRALIS AUREA

 Kali Malone "The Sacrificial Code"が室内楽化したような、神聖かつ敬虔なポストクラシカルドローンアンビエント。しばらくこの領域でこれを超えるものは出てこないだろう。

Two Shell - Icons

 Hyperpop以降の異形のUKテクノ。現代ジャングルの最新型を提示する"Home"も素晴らしかったが、オートチューンを取り入れた目の覚めるような新種のサウンドとジャケットのインパクトでこちらに軍配が上がる。

lhk - 5D TETRIS MIX & REMIX

 今年はSewerslvtがTL周辺で流行し、そのジャンルがブレイクコアとされた(正しくはDepressive Drum'n'Bass)ことによってブレイクコアの名前を頻繁に見ることになった。個人的にはDepressive~の方には惹かれなかったが、普通にブレイクコアの過激な音に関心が出ていくつか聴いていて、気に入ったのがこれだった。aphextwinsucks、healspirit1、SeyNoe辺りが入っていてシーンの入門としてはちょうどいいのではないか。1曲目は8分あるのだが、ブレイクコアでこの長さを最後まで聴かせるというのはすごいことのように思う。

Bruno Berle - No Reino Dos Afetos

 宅録ブラジリアンポップの傑作。私としては「okadadaさんが買ってた」というだけで知って、別に特段周りの言及も見かけなかったので一人で聴いていたのだが、周りの反応を見ているとブラジル音楽の金字塔というレベルの大傑作で、かなり話題になっていたらしい。

https://note.com/ky_spy2000/n/na348c13ca7d6

El Irreal Veintiuno - Vestigio

 N.A.A.F.Iだが特別枠。強烈に目を引くぐちゃぐちゃに崩れた二次元美少女のジャケットは次世代の美意識を感じさせる。音の方も現行レゲトンだけではなくグライムやフットワークなどUKの音が入り、レーベルカラーから逸脱した異色の鳴りをしている。

Emma Volard - Deity

 プログレッシブソウルくらいの言葉が似合いそうな、現代ジャズやネオソウルを通過したソウルミュージック。ニューソウル的な敬虔さを忘れないところに"現代的"で終わらない時間の厚みがある。

LEON VYNEHALL - Endless (I&II)

 今年いち奇妙な音像のテクノ。タグにはleftfield houseとあり、leftfieldとは"変な"くらいの意味しかないので実質変なハウスということになる。それにしてもUKでエクスペリメンタル/アンビエント系のディープハウスをやっていた人がこんな異形の音を出すとは思わなかった。

Locked Club - It’s My Rave

 フロアを瞬時に沸騰させるパンキッシュなエレクトロ。Boysnoize Recordsからのリリースだが、このレーベルからはのちにClub RomanticoからリリースするSafety Tranceの作品(しかもArcaとコラボ)やSkreamの新曲が出たりした。Boys Noizeのレーベルだからもう10年以上のリリース歴になるのだが、未だに先鋭的な目線を失わず、しかし自分たちのぶち上がるバンガーなエレクトロを出し続けているというのはかっこいいことだと思う。

Seiji Takahashi - N41°

 2012年リリースではあるが2022年にBandcamp入りしたので一応"リイシュー"枠で。ひとつひとつの音が極限まで磨き上げられたエレクトロニカ。あまりの気持ちよさに溶ける。2012年に出たものが今全く違和感なく聴けるということで、これはエヴァーグリーンと言って差し支えなさそう。大雪の静かな日に窓の外を眺めながら聴くのが一番いい。一曲だけ入っているボーカル曲 "Sigh (vocal by Saori Koseki)"は息を呑む美しさ。

Vulfmon - Here We Go Jack

 Vulfpeckの中心人物Jack Strattonのソロ名義アルバム。Vulfpeck本隊よりもウォームでソウルフル、かつゆったりしたグルーヴ感があってかなり好みだった。

Coby Sey - Conduit

 去年大いに話題になった一作。トリップホップ・グライム・アンビエント・ベースミュージックが一体となったような、濃い霧の中から唸るようなベースと陰鬱なラップが漂い出でてくるサウンドはUK的"ドープネス"のお手本と言える。

Pessimist - Blue 09

 四つ打ちぶち上がりジャングル。猛烈なパワーに満ちた破壊系トラック。

ピアノ男 - FAKESAX

 怪人としか思えない名前のアーティストによるサックスシンセの批評的作品。生楽器のシンセは予算不足によりプレーヤーの録音ができないため妥協として使われるということが多いが、今作はその音色を"FAKESAX"というコンセプトの元、オリジナルのサウンドとして限界まで使い倒している。捻じれ悲鳴を上げるようなクレイジーな音色がジュークを通過したアグレッシブなビートに絡み付き、何とも不気味な"FAKESAX"の世界観が確立している。

Sammy Virji - Blue Breeze

 最高のハウス~UKG。Sammy Virjiは今年もUKGの王だった。

P丸様。 - ラブホリック

 インターネットにおけるキングオブポップ、P丸様。のセカンドアルバム。ファーストと比べて歌唱力が格段に向上しており、少女性と中性を行き来しつつポップさを漲らせたボーカルが楽曲に強いハリを与えている。ソングライティングの面でもナナホシ管弦楽団・Teddyloid・ピノキオピー・Chinozoなど、P丸様。の抜群のリズム感を活かす作曲陣が揃っていて、去年一番楽しく聴いたアルバムだった。基本的にこの人の歌唱にもその歌詞にもほとんど意味と内面は存在せず、とにかく明るいだけが取り得と見えるのだが、最終曲「あたしのクマ」はこの人のアンニュイでエモーショナルな歌唱にスポットライトを当てた名曲。『結束バンド』の評においてアニメ声と邦ロックの融合というトピックが盛り上がっていたが、この人の破格な歌唱についてももう少しフォーカスが当たっていいのではないかと思っている。

picnic - creaky little branch

 2022年において一番の恍惚を湛えていたピアノグリッチアンビエント。楽曲のトーンは一定のまま、その細部に無数のグリッチやピアノの断片が埋め込んであって万華鏡のように次々に新しい模様が現れるという現代アンビエントの曲構造が一番心地いい形で活かされている。

Current Value - Platinum Scatter

 現代ドラムンベースの中でも相当に尖っているのではなかろうか。ジュークやIDMの複雑なリズムの遊びによる拍節感覚の喪失ギリギリのところでドラムンベースの様式がグルーヴを維持している。ジャケットそのままのハイファイながらも強烈なミュータント感を感じさせる音作りも気持ちいい。

明日の叙景 - アイランド

 シューゲイザーの憧憬的心象風景をブラックメタルの音圧と抒情性でブーストしたような、両ジャンルの良いとこどりな作品。ブラックメタルとJ-POPの融合と喧伝されていたが、聴けば聴くほど"J-POP"が何を指しているのか分からなくなり、耳のフォーカスがぼやけて作品理解にいらぬ遠回りをしてしまった。他人の言葉を参照して音楽を聴くのは間違っている。この作品は特段シューゲイザーを意図して制作されたとは思わないのだが、それでもかなりシューゲイザーに聞こえる箇所がちょくちょくある。轟音で爽やかな風景を叙景した結果シューゲイザーに通じてしまったというところだろうか。

Awo Ojiji - Solidify EP

 インテリジェント・UKベースとでも言えそうな、音作りとビートの組み方が極めて繊細で、アンビエント的な性質を持ちながらもUKG由来の跳ねたリズムとストリート感を持つサウンド。Robster ThereminやCheeky Music Groupのサウンドの発展形として、今後どういった進化をするかが楽しみ。

Daffy - Siren EP

 2023年トップクラスに音がいいUKG。

Daphni - Cherry

 めちゃめちゃに音のいいハウス/テクノ集。UK四つ打ちシーンの真打ち。

Deathprod - Sow Your Gold In The White Foliated Earth

 琴か何かのような楽器(Harry Partchなる人物の作った楽器らしい)をかき鳴らす、何とも説明のしがたい楽曲集。ギラギラと禍々しい音色が広い空間に溶け込んでいく様がとてもかっこいい。アンビエントとかエレクトロニクスとかいったような言葉で全く説明のできない、それとしか言いようのない音をしている。

Ellen Arkbro & Johan Graden - I get along without you very well

 ドローンと歌の結びつきの理想形とでも言えそうな、去年かなり話題を博した一作。ドローンとボーカルと言えばSylvain Chauveau & Stephan Mathieu "Palimpsest"がその代表作として挙げられるが、よりボーカル・歌と"ドローン音響"のどちらが欠けても楽曲が成立しないような、"コンポジション"的な要素を強く感じるという面で今作の方に革新性を感じた。
 この作品については以下の記事に詳細な評がある。

note.com

Swimful - Rushlight

 トライバルでダークなAmapiano的サウンドやログドラムからインスピレーションされたベースがサウンドの中心で主張しつつ、キックもグライムやダンスホール並みに力強く鳴っているというカツカレー的な贅沢ダンスミュージック。全体的にかなりUKサウンドなのだが、これが中国のエクスペリメンタルレーベルから出ているというのはどういうわけなのか……。

Various Artists - SUBLIMINAL BIG ECHO

 東京のレーベルSlide Motionからリリースされた、ダブをテーマにしたコンピレーション。ダブの音響操作が持ちうるドープさ・アブストラクトさが存分に発揮された内容でかなりかっこいい。

OMSB - ALONE

 OMSBという人の真摯で実直な言葉、そしてその言葉を過度に飾り立てない質素なサウンドが堂に入っていてとても良かった。"タイムレス"という言葉が似合う一枚。

Brad E. Rose - Annular Silhouettes

 深海を思わせる、光の届かない静謐なシンセアンビエント。一音一音の揺らぎ方や重なり方一つ一つが洗練されていて、基本を突き詰めた職人という感じがする。タグの「drift」「lunar」「moon」という神秘的な並びがこのサウンドを良く説明している。作業のある夜にかけたい一枚。

Andrew Oda - Back To The Body

 今年じんわりと無視できない存在感を放っていたスロバキアのレーベルmappaからのリリース。ストリングスや電子音、ハープ、流動的ながらもゴリゴリとした質感の強いDeconstructed Club/IDM的な音色など、現代エクスペリメンタルサウンドのパレットを自由自在に使い倒した"総括"的な作品。

Loraine James - Building Something Beautiful For Me

 2021年にLoraine Jamesの名前が話題になって以来、IDMが急激に復権してきたように感じる。"Reflection"がリリースされてから動向は追いつつも全くその流れに共感できないでいたのだが、このアルバムが出てしばらく聴いているうちにやっと面白さが分かってきた。全体的にテクスチャーは柔らかいながらもビートは固く鋭く細密で、ジャングルの色のひとくぐりを感じる。

Moro la Flor - Pesadillas y caramelos

 これもN.A.A.F.I。ラテンオルタナとでも言えそうな陰鬱な世界観とレゲトンのビートを融合させたEP。一発ネタだが、後半二曲はシューゲイザー/ドリームポップ・アシッドフォークの気配もあって、"Soon"的なダンスビートとシューゲイズサウンドのハイブリッドの拡張の例としても面白い。
 余談として、ラテン系のアシッドフォークと言えば以下のような作品がある。アルゼンチン辺りにはドリームポップやアシッドフォークのシーンがあるんだろうか。

Omodaka - ZENTSUU: Collected Works 2001-2019

 寺田創一と金沢明子によるチップチューン民謡プロジェクトOmodakaのベスト盤。チップチューンというサウンドの豊かさと、寺田創一の音楽的バックグラウンドから来る巧みなコード感が最高。

Alex Wilcox - always

 tripから出たテクノ。去年聴いた中で一番タイトかつバンガーなテクノだった。

Surprise Chef - Education & Recreation

 メルボルンのファンクバンドSurprise Chefの最新作。この頃のファンクバンドとしては珍しい、ヒップホップ的なファットで乾いた質感のレアグルーヴサウンドが好みに刺さった。

Mister Water Wet - Top Natural Drum

 Mineral West Ltd.からのリリースで一気にアンビエントシーンでの知名度を上げたMister Water Wetが、Soda Gongからリリースした最新作。Mineral West Ltd.と言えば不定形のアンビエント、Soda Gongと言えばグリッチという言葉で語られやすいレーベルであるが、今作はそのどちらにも当てはまらず、妙に安っぽいリズムマシンのようなドラムの音色が鳴ったかと思えばオーガニックなサックスや環境音・フィールドレコーディングなどの豊かな鳴りがあり、いかにもエレクトロニカ的なピアノ・電子音も飛び出すなど、いくつもの文脈が交錯する(ジャケットそのままの)異世界を構築している。どのようなコンテクストでも説明できないが、どのコンテクストの線上にも存在し得る、特異点かつ総括的な一作。鳴っている音全てに馴染みがあるのに全体図に見覚えがないという点で聴きやすくも面白かった。この作家が今後どのような作品を作るのか全く想像できない。

Theo Parrish - DJ-Kicks

 デトロイトのレジェンドTheo Parrishデトロイト産音源だけで構築したミックス。Theo Parrishの近作は晦渋であまり理解できないのだが、これはデトロイトという地の変わらなさと進化を同時に感じられるサウンドで、やはりあの土地には独特のサウンドがあるなと再認識した。

altrice - compciter ep

 去年聴いたテクノ周辺のプロデューサーの中で一番面白かった人と言えばaltriceだった。UK系の洗練されたサウンドではあるが、一音一音の鳴りが極めて良く、音の配置が整理されていて、かつ全てがフレッシュに響いている。今後のリリースがとても楽しみ。

Arcane & Jon1st - Bloodstone EP

 UKドラムンベース~ジャングルシーンを横断するサウンドが織り込まれている上、個人の作家性として一捻りも二捻りもなされていて、どの曲にも聴き応えのある固有のサウンドが備わっている。ドラムンベースらしい抜けの良いスネアが気持ちいい。ピークタイムのフロアで浴びたい。

Huerco S. - Plonk

 去年聴いた中で一番理解の難しかった作品なのだが、この作品が格別に難解というのではなく、単に自分にIDMを受容する感性が全くなかったことと、Huerco S.に対してダブアンビエント的なサウンドを期待していて、まるで異質なものが出てきた際に上手くフォーカスを合わせられなかったからというのが理由として挙げられそうだと思った。2020年代IDMの形を90年代リバイバルから一歩推し進めた形で提示した傑作。

Marja Ahti & Judith Hamann - A coincidence is perfect, intimate attunement

 フィールドレコーディング系アンビエント作家のMarja AhtiとチェリストJudith Hamannによる共作。Marja Ahtiは2021年作"Still Lives"での穏やかな海沿いの街並みを切り取ったフィールドレコーディングが秀逸だったが、今作でもその日常を慈しむ手つきは充分に活かされている。Judith Hamannの方は対照的に不穏なエレクトロニクスやチェロの長符によってドローン的な不穏で密教的なサウンドを奏でているようだが、この二人の得意とするサウンドが絶妙に絡み合う瞬間、すなわちMarjaの情景の中をJudithのチェロが優しくたなびく時間がたまらなく心地いい。二者が代わる代わる立ち現れ、時に交差する、そんなセッションのような雰囲気すら感じられる緊張感のある一作。

Molly Lewis - Mirage

 口笛奏者Molly LewisのセカンドEP。遠い郷愁を強烈に掻き立てるラテン・ブラジル系のチルなサウンドの上で、ルパン三世の劇伴を彷彿とさせるような寂しげな口笛が雄弁に歌う。誰もが求めていながら誰も作ってこなかった、そういう作品。

Zaliva-D - 孽儿谣 Misbegotten Ballads

 2022年で最も薄気味悪かった音楽の一つ。ニューウェーブやインダストリアル周辺に由来しそうな、妙にチープなようで妙にしっくりくる音色で作られた、気持ち悪くもどことなくポップな楽曲集。ホラゲーのインストやシオンタウンの雰囲気にインスパイアされたようにも思える。去年出た中ではかなりお気に入りだが、やはり言及している人が少なかった。

billy woods - Aethiopes

 FRUEにも来ていたbilly woodsの話題作。サンプリングによるビートの上にラップが乗っているのでヒップホップではあるのだが、そのビートの組み立てが極めて独特であり、ブーンバップの語法では全く解釈が出来ない。その上、音の配置とその鳴りがヒップホップとしては聴いたことがないくらい繊細なため、かなり鳴りのいいオーディオをセットしてしっかりと向き合わないとその魅力が全然伝わってこない、言ってしまえばかなり難解なアルバム。正直2023年の2月に入るまでこのアルバムの良さは分からなかった。しかしこの作品でしか得られない音楽体験というものは確実にあって、真剣に向き合う価値が充分にあると感じた。

Organ Tapes - 唱着那无人问津的歌谣(Chang Zhe Na Wu Ren Wen Jin De Ge Yao)

 DJ PythonのWorldwide Unlimitedからリリースされた作品で、Huerco S.が年間ベストに挙げていたのが気になって購入。UnderscoresからHyperpopにおける躁的なテンションを抜き、ダブ的な融解したエレクトロニクスを加え、アンビエントのテクスチャー志向でまとめたような作品で、参照項としてはclaire rousay + more eaze "an afternoon whine"、もっと言えばMore Eazeの作品群が挙げられる。ただ、この作品はギターの使い方がもっとエレクトリックで、なおかつ"バンド音楽"としての演奏の存在感がしっかりとある。それ故に前述の作品よりもコンポジション/ソングライティング性は強まっていて、そのままではアンビエントとしては成立しないので、エレクトロニクスを加えてテクスチャーを緩めることで中和する、というような足し引きのアプローチが試みられているのを感じた。エモをどこまで溶かしたらアンビエントになるのか、逆にどこまで音を立てたらアンビエントから逸脱するのか、そのラインを探るような実験性が面白かった。
 そしてこのバンド音楽的なものをいかにアンビエントとして解釈するかという試みについては、naemiとPerilaによるユニットbaby bongも同じようなアプローチを行っていて、ダブアンビエント界隈で今後一つのテーマになっていくことが感じられる。2023年はこの辺りの発展を楽しみにしたい。

Vulfpeck - Schvitz

 Vulfpeckが年末に出した作品。Vulfmonほどではないもののスウィートソウルやディスコなどの60~70年代に回帰したような甘美で暖かみのあるファンクサウンドが心地いい。今までのVulfpeckのリリースの中でも歌心がしっかりと出ていて、踊るにもゆったりとかけておくにもちょうどいいアルバム。個人的にはVulfpeckの中でもかなり気に入っている。

1. kurayamisaka - kimi wo omotte iru

「私のこと忘れないでね。」春休みも終わりを迎え、松井遥香は進学を期に生まれ故郷を離れることとなる。それは同時に、ただ1人の親友である向井あかりとの別れも意味していた。伝え切れたことなんて何ひとつないまま、発車ベルは鳴り響く。

 ここまで順不同で列挙してきたが、2022年の"ベスト"として一枚挙げろと言えばこれ以外の答えはない。ヨルシカやThe Peggies的な2010年代後半以降のエモの情緒とシューゲイザーの爆音がサウンド・音響・歌詞・作曲全ての面で完璧に結実した傑作。バンドメンバーはシューゲイザーについて詳しくないということだが、むしろ詳しくないからこそ、"シューゲイザー"的なクリシェに陥らない、シューゲイザーでありながらシューゲイザーではないkurayamisaka独自のサウンドに辿り着けたのだと思う。
 このEPで一番衝撃を受けたのは一曲目"theme (kimi wo omotte iru)"で、強いリバーブ空間の中、ボーカルとギターのピッチが揺らぐことで楽曲全体のハーモニーとコード感がひずんでいる。スケール感の大きい音色のピッチが揺らぐことで生み出されるノスタルジーと喪失感と言えばWilliam Basinskiや先に挙げたFINAL - It Comes To Us Allが実験的にやってきたことであって、そのようなエクスペリメンタルな表現手法が親しみやすく若々しいポップミュージックと何の気負いもなく必然的に融合していることに強い衝撃を受けた。
 一枚20分少しという短い尺も好ましい。ちょっとしたプログレッシブロックの大曲くらいの長さの中で冒頭に引用したアルバムのストーリーが6曲(=6つの断章)によって展開され、何気ない移動中に聴き通したころには映画一本分くらいの喪失と別離の感情を味わって出先で涙が出そうになることも少なくなかった。
 リリースははじめCDオンリーで、買うか迷っているうちに廃盤になってしまったのだが、2023/1/28にようやくBandcampでデジタルリリースされた。買った作品で統一している本記事に一枚だけサブスクでしか聴いていない作品が紛れ込む状態で何とも据わりが悪かったのだが、執筆が遅れに遅れたことが結果的にプラスに転んだ。

あとがき

 何作挙げたのか正直覚えていないし、数えるのも面倒なのでやめた。2022年は個人的にかなり豊作の一年で、その間に自分の音楽的嗜好もかなり拡張したように感じる。今年もたくさん面白い作品に出会っていきたい。
 最後に、私の周りの音楽リスナーに感謝を。皆さんから教えていただいた作品やレーベルが、私の探求の大きな助けとなっています。皆さんがいなければここまで幅広い作品群には出会えなかったでしょう。ありがとうございました。2023年もよろしくお願いします。